「スパイはメモリー・スティックから、友人の情報を得たのだ」 「えッ、スパイ。私の近くにいる。誰かしら?」 と、言ってゆっくりと三枝子はベットにしゃがみ込んだ。 「そいつが三枝子のメモリー・スティックを覗いたんじゃないかな」 「そういえば、それが出来る人間が一人いるわ。派遣元は私と同じ会社で三日前にチー ムに増員されたのよ」 三枝子の顔色が青くなった。
「そうか、同じ派遣会社なのか。前からの顔見知りか?」 「いいえ、中途採用で入社したてだと本人が言っていたわ」 「名前は?」 「斉藤静。でも、静ちゃんと私は気が合うのよ」 「うん、静が気を合わせていたんだろう、裏の仕事のために。メモリー・スティックを 覗かれたか?」 「うーん、彼女のパソコンを申請しているんだけど、まだ配給されてなくて」 「それで、三枝子のパソコンを貸しているんだな。メモリー・スティックを装着したま まで、そうだな。三枝子」 「ええ、その通りよ」 唖然とした顔で三枝子が言った。 「心配するな、三枝子。後で裏組織のメール・アドレスを教えてくれ。おれが返事を送 る」
その夜。 浩太郎はメールを打つ。 < N社御中 変換機は使わしてもらった。変換機が欲しければ、一人で責任者が取りに来い。 次の日曜日、午前六時に鮫洲橋の中央で待っている。 万が一の時は、今までの仔細を書面にしたため、メディア各社に送付する所存だ。 私の身に何かあった時も、同じようにメディア各社に送付される。石黒浩太郎>
浩太郎は額の汗を拭いながら送信キーを押下した。 「斉藤静を極秘プロジェクトにスパイとして、送り込むことができる組織は限られてい る。N社しか思いあたらない。組織がらみか、個人なのかは分からないが、昔からきな 臭い噂は耳にしている。日本の闇の部分か」 浩太郎は握っていた缶ビールを潰した。 「ゆるさん、表向きは紳士面しやがって、裏に回ればヤクザと変わらないじゃないか」 浩太郎はビールを飲みながら作戦を何通りか考えていた。
<リリリー、リリリー> 携帯電話が鳴った。 疲れている時のビールが効いたのか、浩太郎はうたた寝していた。 「おっと、寝ちゃったな。はい、石黒です」 <私よ、三枝子> 「どうしたんだい?」 <静ちゃんからメールが入ったの> 「斉藤静から、そうか、一時間以上前に、あのメール・アドレスに返事を送った」 <何て、書いたの?> 「今度の日曜日、鮫洲橋で変換機を渡すから、責任者は一人で取りにこいと」 <それで私をスパイする必要がなくなったのか。 メールで、お父さんが倒れて家業の旅館を継ぐので会社を辞めるっていってきたの> 「うん、彼女は二度と君の前には現れないよ」 <どういうこと、まさか、消されたの?> 「いや、次の仕事をやるんじゃないのか。ともかく、きみが関わりあう輩ではない」 <でもね、もし、私に妹がいたら静ちゃんみたいな女性だと思っていたの> 「忘れるんだ、悪い夢を見たんだ」 <分かったわ。今夜だけは、涙がかれるまで....> 「うちに来るか?」 <ありがとう。でも、一人でいたいの> 「そうか、じゃ、おやすみ」
日曜日。 浩太郎は鮫洲橋の真ん中で、見えない敵を待った。 「六時か、時間だな」 橋のたもとから、黒服の大男が一人で浩太郎に向かって歩いて来た。浩太郎は橋の欄 干に寄りかかり、久日ぶりの青空を仰いでいる。上空をカラスが飛んでいた。 「石黒浩太郎さんですか?」 政府要人のSPを連想させる屈強な大男が浩太郎を見詰る。顔はイケメンだが目が異 常に険しかった。浩太郎は黙って手に持った小袋を、上にあげてニャと笑った。 「じゃ、頂きましょう」 大男は無造作に手を差し出した。 「まて!」 浩太郎は大声で言った。そして、小袋からイヤフォンを取り出しイヤフォンを大男の 前に差し出した。 「なんだ?」 大男は訝ったような目で浩太郎を睨んだ。 「黙って、耳につけろ」 大男はゆっくりとイヤフォンを取り、耳につけた。
「うん、何だ?」 「黙って、聞け」 <カーァ、カーァ、警戒しろ。怪しい人間だ。カーァ、カーァ> 大男はビックと肩を震わし、周りを見回す。 浩太郎は頭上のカラスを指差した。 「面白いか、カラスの鳴き声の変換機だ。知っていたんだろう」 大男は顔を強張らせた。 「いや、品物を受け取るだけで中味は知らない」 大男はイヤフォンを浩太郎に返した。 浩太郎はイヤフォンを小袋にしまい、その小袋を橋の上に置いた。 「さあ、いくらで買う。安売りはできないぞ」
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