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作品名:鮫洲橋の戦争 作者:佐藤 神

第5回   5

 それから四日が過ぎた。
 いつも通りの早朝散歩。五時前に浩太郎は家を出て、運河に急いだ。第一京浜を渡り
天祖諏訪神社を過ぎたあたりから、上空のカラスがざわついている。
「カラスの数がいつもより多いな。何かありそうだ」
 浩太郎は手さげカバンに入っている、変換機と小型高周音波発生装置を確認した。
「うん、いつでもいいぜ」
 早足で土手を駆け上がった。前方を見るとカラスが十五、六羽、猫のアジトの上を飛
び回っている。不気味な光景が浩太郎の目に映る。いつも散歩している常連たちは運河
の反対側から心配そうに見守っている。だが猫おばさんの姿は見えなかった。

「武器になる傘持ってくればよかったな。こんなにカラスがいると恐いな」
 浩太郎は変換機のイヤフォンを耳に入れて注意深く進む。
<カーァ、カーァ、カーァ>
「駄目だ、遠すぎて変換が出来ない。もっと、近づかないと」
 運河の反対側の常連たちが、危ないから近づくなと浩太郎に手を振り知らせる。
その時。猫のアジトの横の坂道から、猫あばさんが姿を現わした。手にはいつもの餌の
入った小袋を持っている。
「危険だ、猫おばさんが餌を出すとカラスに襲われるぞ」
 浩太郎は怒鳴りながら走った。
猫あばさんはいつものように、餌を取り出し、器に分ける。
「おや、今日はお客さんかい?」
 いつもの猫の他に見知らぬ三匹の助っ人の猫が睨みを利かせている。耳が半分捥ぎ取
られた猫、頬に傷跡がある猫、片目を潰された猫。威風堂々まるで百戦練磨の傭兵のよ
うである。

 その周りをカラスが広範囲に取り囲んだ。威嚇するように、カラスが羽を大きく広げ
バタバタさせ奇声を上げていた。上空の桜の木の上に一回り大きいボスカラスが静に見
詰ている。
<ギャー、輪を狭めて突っつけ、ギャー>
 野望渦巻くなか、情勢を推考して硬玉のような非情な目でボスカラスが命令する。
猫おばさんと猫を囲んでいたカラスたちが、左回りに地面を跳ねる。猫おばさんは恐く
なり子猫の小次郎を抱いて、その場にへたりこんだ。カラスたちの輪が徐々に狭まって
くる。
 小柄だが若いカラスが功を焦り、チョンと飛び跳ね猫おばさんの腕に飛び乗った。そ
して子猫を突っつこうとする。
<バッサ>
 片目の猫パンチが若いカラスの目尻を掠った。若いカラスはバランスを崩し、地面に
落ちピョンピョン跳ねて逃げる。目尻から血が流れているのか黒くてよく分からない。

 その時、浩太郎はカラスの輪の背後に立ち、前日調べておいたカラスの嫌いな高周音
波にセットして、小型高周音波発生装置のボリュームを一気に上げる。
<カーァ、カーァ、変な気分だ、注意しろ。カーァ、カーァ>
 ボスカラスが警戒するように叫んだときには遅かった。
突然、囲んでいたカラスの集中力が散漫になり、輪が崩れだした。高周音波に我慢が出
きないのか、何羽かは勝手に飛び立ち、運河を大きく旋回する。
<カァー、カァー、頭が痛い、カァー>
 木の上のボスカラスが飛び立つと、他のカラスもいっせいに不気味な羽音を残して飛
び立った。そして浩太郎はつまみを猫の嫌いな高周音波に設定して、高周音波を出す。
「ニャー、何か、おかしい、引き上げろ。ニャー」
 子猫の小次郎も顔を顰めながら、猫おばさんの手を離れ群れの後を追った。
猫おばさんは、皴だらけの顔をほっと和ませる。

 そして一週間が過ぎた。
会社の帰りを待ち伏せていたように赤いクーペから三枝子が顔を出す。相変わらず派手
な車に、女優顔負けの美貌、嫌でも人目を引く女だった。
「ここよ。ちょっと、付き合ってよ」
 浩太郎は小さく頷いて、車に乗り込んだ。
「どうしたんだい、こんなところで人に見られるぞ」
 挑発するような目で、三枝子は怪しく笑った。
「フフフッ、あなたが疑っていることは判っていたの」
「え、何のことだ?」
「あなたの持っている変換機のことで、相談があるの」
 浩太郎の顔に緊張が走る。
「やはり知っていたのか、おれに近づいた目的は変換機か?」
「ある組織から依頼されたの。あなたが変換機を持っているか確認するように言われて
あの観察小屋で、あなたの行動を隠れて覗いていたの。そして組織にあなたが変換機を
持っていると伝えたわ」
 三枝子は説明するように淡々と言った。

「そうか」
「それで、また依頼がきたの。変換機を三百万で買い取れと」
「三百万か、嫌だと言ったら?」
 浩太郎は素直に人の言うことを聞くような人間ではなかった。
「私は返事をそのまま組織に伝えるだけよ。でも、断れば間違いなく殺されるわよ」
 運転している三枝子の愛らしい唇が歪む。
「俺を脅すきか?」
 落ち着き払い浩太郎が言う。
「誤解しないで、あなたのことが心配なの。やつらは何でもありの闇組織よ」
 闇組織と聞いて浩太郎は暴力団を連想する。しばらく沈黙が続いた。
「国内の闇組織か、それとも、外人か?」
「ごめんなさい、私、何にも知らないの。ネットのメールで送ってきたの。
メールの中味はいま話したことが書いてあったの。そしてメールの最後に、私の本籍、
家族構成、家族の住所、友人の名前と住所がメールの最後に書いてあったわ」
「そうか、君も脅かされているのか?」

「あなたのことも、調べられているわ。三百万で少なければ、私が払うわ。だからお願
い」
 三枝子は演技ではなく本当に哀願していた。
「金の問題じゃない、やり方が気に入らないのだ」
「どうしてよ、間違って送ったものを返してくれと言ってるだけよ。誠意を見せて迷惑
料も払うと言っているのよ」
「そう言われるとそうだな、俺の方が悪者に思える」
 三枝子は安堵したかのように微笑んだ。
「よかった、理解してもらえて。あなたはちょっと頑固だから不安だったの」
 明るい声が車内に響く。暫くして、車は見覚えのあるモーテルに入った。

「組織は間違いを犯した、メールの最後に書いてあった、脅しのための住所だ」
 ぽつりと浩太郎が言う。
「それが何か?」
 訝しげに三枝子は浩太郎の顔を見詰る。
「三枝子の友人の名前と住所だ。三枝子の本籍、家族、住所は調べればわかるが、だが
友人は難しい。下手に友人を調査すれば、ストーカーとして警察に通報されかねない。
そう考えると、三枝子の近くに組織のスパイがいるはずだ」
 陰湿なやり方に浩太郎は怒りを覚える。
「三枝子の個人情報は、どこに記憶している?」
「えーと、メールができるように自宅のパソコンとバックアップのメモリー・スティッ
クに記憶しているわ」
「そうか、メモリー・スティックは持ち歩いているのか?」
「ええ、メールをすぐに打てるように、会社にも持っていくわ」
「暗号化はしているのか?」
「いえ、私物情報だから暗号化はしていないわ」


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