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作品名:鮫洲橋の戦争 作者:佐藤 神

第4回   4

 浩太郎は猫から怒られるとは、思っていなかった。一瞬、ビックと肩を振るわせ餌を
置き、後ずさった。猫は用心深く浩太郎を見つめながら、鼻をヒクヒクさせて餌に喰ら
いつく。
<ニャー、これはうまいニャー、久しぶりに上等なソーセージだニャー>
 黒猫は唸り声を上げて、夢中で貪っている。
<カァー、おれにも餌をよこせ。腹ペコだー、カラスにも餌を平等によこせ。差別する
なバカ人間。カァー>
 浩太郎はその場から、逃げるように土手下に下りた。そして、堤防に腰を下ろし集音
マイクを土手に向けていた。ボリュームのつまみを回し音量を大きくする。
<カァー、野良猫がいるからわれわれに餌が回ってこない、ここから出て行け、このど
ろぼう猫。カァー>
 と、奇声を上げながら、カラスは急降下して羽を広げバタバタさせ猫を威嚇する。
<ニャー、うるさいぞ、死肉あさりのカラスのぶんざいで、ニヤー>
 猫は低くかまえて、唸り声を上げ三白眼で爪を立ててカラスに応戦する。

 カラスと猫がにらみ合っている時、猫おばさんがやって来た。
白い上下のジャージに身を包み、上品な顔をチュウリップ帽子で隠し、手には小さな袋
を持っていた。
「猫ちゃん、ごはんですよ。カラスと遊んでないで、ごはんをたべなさい」
<ニャーォ>
 黒猫が急におとなしくなり、可愛い声で鳴いた、しっぽを立てて可愛らしさを現わし
ている。そして、草むらから猫がぞろぞろ出て来る。総勢、四匹と子猫が一匹。
 猫おばさんはしゃがみ込み、手に持っていた子袋から何かを取り出して小さな器に入
れた。そして猫の数を確認しながら微笑む。
「さあ、お食べ」
 猫おばさんの合図を待っていたかのように、いっせいに猫が食べ始めた。
<ニャー、おばさん、いつもありがとう、ニャー>
<ニャー、雨がふらなくてよかったよ。ニャー>
<ニャー、ほんとうだ、雨がふったらきてくれないもんな、ニャー>
<ニャー、ああ、三日も降り続けたら、おれたち死じゃうぜ、ニャー>

 その時、猫たちの背後に黒い陰が近づいていた。
「シー、シー、カラスのごはんじゃないから、あっちにおいき。シー」
 猫おばさんが必死で、近づいてくるカラスを追っ払っていた。カラスが三羽、地面を
不気味に飛び跳ねる。頭上には七羽のカラスが様子をうかがっていた。
<カァー、おれたちにもくれよ。はらがへって死にそうだよ。カァー>
<カァー、人間は何でカラスを嫌うんだ。猫の縫いぐるみを被ったら餌をくれるのか。
カァー>
「シー、あっちにおいき。シー」
 猫おばさんが足で蹴るふりをしていた。

<ガァー、ひくな。ガァー>
 上空の大きなカラスがドスのきいた声で鳴いた。
<ガァー、今日のコンビニの残飯弁当はホームレスに持っていかれた。食うものが何も
無い。ガァー>
 と、その時。
「おかみさん、おかみさんじゃないですか」
 猫おばさんが振り返ると、半纏を着た大柄な男が立っていた。
「あ、源さん。どうしたんだい、こんな朝早く」
「ええ、今度の日曜日、海釣りに行くもんで、ちょっと船を見に。おかみさんは?」
「散歩だよ、そのついでに少し餌を」
 猫おばさんは、面映いのか俯きながら言う。
「そうですかい。おかみさん、このカラスの群れは何なんですか?」
 源は上空のカラスを見つめた。
「うん、わたしが与える、猫の餌を狙っているんだよ」
「なに、ふてえやつらだ。あっしが追っ払いましょ」

「やめておくれ、源さん。カラスも、カラスも生きるために....。
源さん、一年前のカラスと猫の戦いを覚えているかい。カラスが子猫を....」
 猫おばさんが遠くを見て淋しそうな顔で言った。
「へー、子供たちがびっくりして、パトカーを呼んだ話でしょ」
「ああ、この時期になるとカラスの雛がピー、ピー鳴くんだよ。カラスの親も餌が無い
と生きてはいけない」
「じゃ、今年も餌を争って、カラスと猫の大喧嘩ですか?」
「どっちかが、この場所を譲ればいいんだけどね。無理だろうね」
 猫おばさんが小さく首を振った。
「源さん、紹介するね。黒白の猫が親猫だよ、その子供が鼻白の黒猫の太郎。その弟
が、黒猫の次郎。次郎の子供の小次郎。それと、居候の三毛猫のタマちゃんだよ。分か
ったかい?」
「えッ、いやあ」
 めんどくさそうに源は頭をかいた。

「ほら、子猫の小次郎が可愛いだろう」
<ニィー>
 猫あばさんが子猫の頭を軽く撫ぜると、子猫が頭を猫おばさんの掌にこすり付けた。
「ああ、いい子だ」
 猫あばさんは嬉しそうに目を細めた。
 そして、猫たちは餌を食べ終えて満足そうに草むらへ消える。カラスたちもあてのな
い餌場に向かって飛んでいった。浩太郎はイヤフォンを外し、カバンに仕舞い神妙な顔
付きで散歩を続ける。

 浩太郎は家に帰ってから、カラスと猫の戦いを止める方法を考えた。
「犬笛の高周音波で愛犬に合図を伝えられるなら、カラスと猫の嫌いな高周音波を見つ
けて、喧嘩の邪魔をしてやるか」
 だが浩太郎は一時しのぎで、根本解決ではないと不満顔である。
「嫌いな音か。人間なら、真夏のセミの大合唱、金属でガラスを擦った音、ボリュウー
ムを上げれば参るだろう」
 浩太郎は徐に携帯電話を手にした。
「もし、もし、石黒浩太郎だ。おまえは北の丸公園の千鳥が淵にまだいるのか?」
<石黒、おまえは相変わらず失礼な奴だな。確かに俺は科学技術に在籍している。何か
企んでいるのか?>
「高周音波発生装置を貸してもらいたい」
<なに、高周音波。何に使うのだ?>
「これから事情を話す。よく聞いてくれ」
<ああ、話してみろ>
「....。と、言うわけだ。貸してくれないか?」
<うん、交換条件にその変換機を俺にも見せてくれ>
「駄目だ、おれのものじゃない。おまえは関わらない方がいいだろう。そのかわり、一
度だけ、変換機でカラスと猫の声を聞かせてやるよ」
<そうか、持ち出しは厳しいが、いいだろう。明日の夜、取りに来い>
「携帯用で、精度のいいのを頼むぜ....」


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