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作品名:鮫洲橋の戦争 作者:佐藤 神

第1回   1
 東京の品川に警視庁鮫洲運転免許試験場がある。その横に勝島運河が流れている。そ
の勝島運河に架かる橋が鮫洲橋である。国道一号線に沿うように海岸通りがあり、その
海岸通りが鮫洲橋の上を走っている。
 東京方面に行けば東品川、芝浦に出る。反対側の横浜方面に行けば八百屋お七が処刑
された鈴が森の脇を抜ける。

 いけない、と浩太郎は思った。よけいなことをしてしまったと後悔した。
ノートパソコンの画面を見る浩太郎の顔が曇る。
「うーん、YESをクリックしてしまった」
 浩太郎はインターネットで”暗黒物質”を検索していた、何度目かのクリックで外国
語の画面に変わった。浩太郎はあわててキャンセルしようとしたが、キャンセルが無効
であった。しかたなく、YES/NOを注意深くクリックした。しかし、気の緩みか最
後にYESをクリックしたら画面が終了した。
 画面が消えて確かではないが、最後の画面は購入確認で、YESをクリックしてしま
ったようである。

「うーん、俺は何を買ったんだ?」
 俯きながら浩太郎は、銀行口座の残高を思い浮かべる。
 浩太郎はIТ関係の仕事にたずさわっていた。浩太郎が子どものころ、父親の死因を
メディアが興味本位で、ねほりはほり聞かれたことがトラウマとなっている。
過去を詮索されるのが嫌で小さな派遣会社から何社か経由して大手企業のプロジェクト
・チームに派遣されていた。歳は28で背が高い。甘い顔に似やわぬ頑固者である。

 それから数日が過ぎた。
「カーァ、カーァ、カーァ」
 奇声を上げて七、八羽のカラスが、重苦しい雨雲を飛び回っている。
浩太郎は早朝散歩で勝島運河の土手を歩いていた。土手には花が絨毯のように咲き乱れ
ている。色鮮やかなカラジウム、ノッポのねじばな、可憐なあざみ、異様なブッドレア
が見ごろである。生温い風に季節はずれのコスモスが揺らいでいる。
 今にも雨が落ちてきそうである、傘は持たずに家を出たので雨が降ればずぶ濡れだ。
京急立会川駅方面から、土手伝いに歩いて来た。土手の中ほどまで来ると、左下に下る
と旧東海道に抜ける坂道に出た。
「ニャー」
 突然、土手の草むらから黒猫が姿を現わした。浩太郎を一瞥してゆっくりと土手を横
切り、躑躅の繁みの小さな抜け穴に姿を消した。
 浩太郎は何となく気配を感じて辺りを見回す、しかし人影は見えなかった。視線を上
に上げる、ちょうど木の上からカラスが睨んでいた。
 ここの猫とカラスは人間の与える餌の取り合いで、死闘をくり返している。爪を立て
た猫パンチ、必殺のくちばしで猫の目を攻撃するカラス、果てしない抗争である。
 そのカラスは小枝に嘴を左右に擦りつけ、まるで理髪店でカミソリを研ぐようにシャ
カシャカと研いでいる。カラスの威嚇動作である。危険を感じたのと雨が落ちてきそう
なので浩太郎はその場を離れた。

 その夜、恐れていたことが現実になった、海外から小包が届いていた。しかし着払い
ではなくサンプル出荷と書かれていた。考えていてもしかたなく小包を解く、厳重に梱
包されていたので時間が掛かった。中から小型ラジオみたいな機器が出てきた。携帯電
話の倍ぐらいの大きさで、小型の集音マイクみたいなものがついている。
「盗聴器じゃないのかな」
 浩太郎は怪訝そうに首を傾げる。
暫く考えていたが、浩太郎は電池を入れてからスイッチをONにする。そして、小型機
器のイヤホンを耳に入れた。
「....うん、何も聞こえない?」
 浩太郎は窓を開け、小型機器の集音マイクを窓の外に出したが、何も聞こえない。

<バリバリバリー>
 突然、家の横をオートバイが勢いよく通り過ぎた。イヤフォンからはそのままの音が
聞こえる。
「盗聴器ではないみたいだな」
 ボリュームのつまみを上げると、微かにノイズが聞こえてきた。
「もしかしたら、言語変換機ではないかな?」
 と、唐突に想像力が閃いた。
 浩太郎はすぐさまテレビをつけて、英語番組にチャンネルを合わせた。集音マイクを
テレビに近づける。だがイヤフォンからはそのまま英語が聞こえた。
「うーん、わからねえー」
 小型機器をいじくりまわす。
「集音マイクにイヤホンは間違いなくついている、使い道としては、ほかに考えられな
い。困ったなあ」
 あきらめ顔で小型機器を置いた。

 次の日曜日。浩太郎は小型機器を持参して、近くの東京湾野鳥公園へ出かけた。
自動券売機に300円を投入して入園券を購入する。日曜日の早朝のためか客の姿はま
ばらだった。浩太郎は管理事務所を右に進み観察小屋に入る、池があるせいか虫に腕を
刺される。そして観察小屋の中はすでに親子ずれの客が覗き窓を覗いていた。小型機器
を人に見られたくないので、浩太郎は他の観察小屋に移る。
 一番奥の観察小屋を覗いたら誰もいなかった。後ろを振り返り人がいないことを確認
して観察小屋に入った。
「よし、野鳥の鳴き声が人間の言葉に変換できるのか聞いてみるか」
 浩太郎は小さなカバンから小型機器を取り出し、観察小屋のそなえつけの長机に置い
た。長机は窓が開いているせいかざらざらしている。浩太郎は勢いよくフーッと吹い
て、砂粒を飛ばした。徐に集音マイクをのぞき窓に向け、イヤフォンを耳に当てた。正
面のシジュウガラが、リズミカルに上下運動を繰り返しながら鳴いている。
<ツピー、ツピー>
 期待に反して、イヤフォンから聞こえた音は鳥の鳴き声だった。
<ゴット>
 人の気配を背後に感じて浩太郎は急いでイヤホンを外し、小型機器をカバンに隠す。
その時、微かな脂粉の香りが、浩太郎の鼻腔を突いた。

「あら、石黒さんじゃない?」
 ビック、と肩を動かして浩太郎は振り向く。
「うーん、三条さん。どうしてここへ?」
「そんなにびっくりした顔をしないでよ、野鳥の鳴き声を聞きに来ただけよ」
 彼女の名前は三条三枝子、浩太郎と同じ極秘プロジェクトグループの一員である。
チームが違うので、顔を合わせて仕事をしたことはないが、二、三十人いる女性の中で
も彼女の存在は気になっていた。陶器のような白い肌に掘りの深い顔立ち、引き締まっ
た身体つきで、この場には相応しくない人物である。


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