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作品名:銀河を渡る船 第二部・道草 作者:佐藤 神

第5回   5

 そして、キャプテンとナオは楽しそうに黙々と作業を続ける。
「2週間後が楽しみね、キャプテン」
「そうだな、冷凍物ばっかりだと新鮮味がない」
「あら、キャプテン。冷凍物と区別がつくの?」
「うーん、生で食えば分かるさ」
 その時、通路の遠くからアスカの甲高い声が聞こえた。

「あら、アスカの声だわ。嬉しくてしょうがないのね」
「いや、違う。何かトラブッテいる。ちょっと見てくる」
 キャプテンは素早く手についた泥を払い、部屋を飛び出した。そして、通路を駆け抜
けサロンへ入った。
 キャプテンはボートを捜したが見当たらない。そして、ロボットのベンとドクターロ
ボのマザーが、天井を見上げている。
「あッ、ボートが」
 天井を見上げて、キャプテンが叫んだ。

<<キャプテン、わたしのロボットの腕ではどうしてもうまく紐が放れなくて、それで
マザーが>>
 ベンが言う。そして、マザーは手に紐を持って、天井に放り投げようとしていた。
「マザー頑張れ」
<<はい、キャプテン。わたしの腕はベンと違い人間のように造られていますから>>
 反動をつけてマザーは、勢いよく紐を天井のボートから顔を出しているアスカめがけ
て放る。アスカは片手で、天井を押し上げ、天井とボートの隙間から、顔ともう一方の
手を出している。
 だが、期待に反してマザーの放った紐は、天井まで届かず途中で落ちてきた。
<<おかしいわね、うまくいかないわ>>
 白衣の乱れを整いながらマザーは首を傾げる。

「うん、紐が軽すぎるな。ベン、太い紐で10メートルある紐を持ってきてくれ」
<<キャプテン、了解しました>>
「キャプテン、早くして。おしっこがしたいの。もれそうよ」
「そうか、ベンが倉庫へロープを取りに行った。もう少しの辛抱だ」
「そんなに待てない。早く」
 悲痛なアスカの声が聞こえる。
「アスカ、我慢しないでボートの中でおしっこをしなさい」
 気楽にキャプテンが言った。
「いやよ、こんなところで」
「そうか、困ったな」
<<キャプテン、オムツを使いましょうか。それとも、持ち運び簡易トイレがいいです
か?>>
 ドクターロボのマザーが言う。
「それはいい、天井まで放れるのがいいな」
<<キャプテン、簡易トイレを持ってきます>>
 と、言ってマザーは小走りで医務室に走った。

 床にはボートの中にあるはずのゴム製のボトルが散乱していた。暫くすると、ベンと
マザーが同時に帰ってきた。
「紐じゃ時間的に間に合わない。マザー、簡易トイレを早く」
 マザーは包みを切って、素早くキャプテンに渡した。
「よし、アスカ。簡易トイレを放るぞ、受取れ」
 簡易トイレを片手に持って、腕を振り下ろして、キャプテンは天井を見詰る。
「うん、トイレはいらない。ここから下ろして」
「そうか、遅かったか」
 残念そうにキャプテンが言う。

 それから2日が過ぎた、
 アスカを乗せたボートは床上1メートルに浮いていた。ボートの縁に結び付けている
紐をベンが引っぱり宇宙船内を歩き回る。
「ベン、ありがとう。楽ちんだよ」
<<アスカ、喜んでもらってよかった>>
 ベンが倉庫の中を引っぱっている時、アスカは低い声で言う。
「ねえ、ベン。何で今日に限ってボートの紐なんか引っぱっているの?」
<<アスカに喜んでもらおうと思いまして>>
「ベン、何かを隠していることは分かっているのよ。わたしは子どもじゃないのよ」
<<アスカ、子どもじゃないとは、どう言う意味ですか?>>
「肉体的には子どもでも、わたしは天才少女よ、知能では負けないわ。何を隠している
の?」
<<アスカ、そう言われても困ります。マザーに頼まれて>>
「マザーに頼まれた。何を?」
<<これ以上は言えません>>
「わたしが宇宙に来たのは、ベンがいたからよ。ベンがいなかったら来なかったわ」
<<アスカ、その言い方はやめてください。健康診断で異常が見つかったのです>>
「何、わたしの何がおかしかったの?」
<<うーん、キャプテンとナオの血と異なるDNAがアスカの血から見つかったと言っ
ていました>>
「えーッ、わたし、宇宙人なの?」
<<マザーはダブルじゃないかと>>
「じゃ、わたし、混血児なの?」
<<はい、地球人の血が間違いなく半分入っています。けど、もう半分の宇宙人の種族
が判明しません>>

「そう、でもよかった」
<<アスカ、何でいいのですか?>>
「だって、地球には帰らないのよ。これからは宇宙人の中で暮らすのよ、半分でも宇宙
人の血が混じっている方がいいわ」
<<そんなもんですか、わたしにはよく分かりません。そのことで、キャプテンとマザ
ーが話し合っています>>
「そうだったの。そんなことどうでもいいのに。それよりベン、わたしと組まない?」
<<はあー、何のことですか?>>
 ロボットのベンが警戒するようにアスカを一瞥した。
「天才少女のわたしは、宇宙制覇を狙っているのよ。わたしがこの手で宇宙を」
 と、言うと子どものアスカは小さな拳を握った。
<<アスカ、やめてください。あなたに戦いは似合わない。学者になるのがいいでしょ
う>>
「学者?」
<<はい、宇宙ではワープ走行の開発が終わり商品化されました。これからはタイムマ
シンの開発に入ります>>

「タイムマシンか」
<<アスカ、宇宙制覇はあきらめて、学者になってください>>
「だけど、ベンは戦争好きのロボット兵でしょう?」
<<ふふふ、そうです。アスカ、知ってたんですか?>>
「分かるわよ、戦いになると異常に興奮しているから。だからベンも宇宙制覇を考えて
いるんでしょ?」
<<わたしはロボットですよ、そんなこと考えませんよ>>
「ベン、わたしには分かるの。ベンは戦いに生き甲斐を感じているわ。このままでいい
の?」
<<しょうがない人だ。誰にも言ってはいけませんよ。わたしはキャプテンに期待して
います>>
「キャプテンは只のお人よしのパイロットよ。ベンの買いかぶりすぎよ」
 ベンの目がギョッロット大きく見開き、アスカを見詰た。




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