「アスカ、ゴムボートは綺麗に拭けたか?」 「うん、大丈夫だよ」 タオルを濯いでいたアスカは、額に汗を浮かべていた。 「そうか、サロンに運ぼう」 二人でゴムボートを持ち上げる、子どものアスカは嬉しくてニコニコしていた。 暫くして、紐を持ってベンが倉庫から帰って来た。 <<キャプテン、綺麗な紐がありました>> ベンの手には、黄色と赤の格子模様の3メートルぐらいの太い紐が握られていた。 「うーん、宇宙船に、こんなにいい感じの紐があるとは」 キャプテンはその紐を受取り、ゴムボートの縁の輪にその紐を通した。そして、その 紐の反対側を宇宙船に固定されている棚の根元に縛った。 「これで天井まで飛ばないの?」 アスカは待ちきれない顔で言う。 「ああ、大丈夫だ」 <<キャプテン、ゴム製のボトルを10枚、倉庫の前の床においてあります。わたしは ゴムボートにヘリウムガスを入れます>> 「分かった、取ってくる。アスカ、倉庫に行くぞ」 アスカはスキップを踏むように、軽快にキャプテンの後に続く。そして、洗面所で水 を詰めて、サロンに帰って来た。
「ワーッ、ボートだ。浮いている」 ゴムボートが紐に繋がって、床から2メートルぐらいの高さでぷかぷか浮いていた。 「ベン、完成したのか」 キャプテンはその紐を手繰り、ツーン、ツーンと凧みたいに引っぱった。ゴムボート がその引き具合に合わせて反応した。 <<キャプテン、終わりました。これがリモコンです、前後左右に動きますが、危険な ので時速2キロのスピードに設定しました>> 「ありがとう、ベン。乗るか、アスカ?」 「うん、乗りたい」 痛いぐらい首を上に向け、アスカは大きい声で言う。
「分かった。じゃ、ベン。紐を手繰ってボートを床に付けててくれ。わたしがボトルと アスカを入れる」 <<キャプテン、了解しました>> ロボットのベンは紐を掴むと、器用に手繰り寄せる。手繰るたびにボートが少し斜め になり床に引き付けられる。近づくとベンは、片手でボートの縁を掴んで一気にボート を床に押さえつけた。 「ワーッ、ベン、凄い力」 子どものアスカが歓声を上げた。 <<キャプテン、今のうちに>> 「うん」 ボトルを持って、キャプテンは次々にボートの中に入れる。最後にアスカを抱え上げ ボートの中に静に置いた。 緊張した顔でアスカはキャプテンを見る。 「よし、ベン、ゆっくりボートを浮かせてくれ」 ベンはボートを押さえている腕の力を緩める。するとだんだんボートが浮いてきた。 そして、ベンはボートから手を離した。
ボートが空中にフワーと浮いた。 <<キャプテン、床から1メートルの予定が4,5センチ足りません。どうしましょ う、水を抜きますか?>> ロボットのベンが厳しい目で言う。 「いや、このぐらいのほうがいい。どうだ、アスカ。気分は?」 「いいよ、おもしろい」 念願のボートに乗れて、アスカは顔をクチャクチャにして喜んでいる。 「アスカ、これがリモコンだ。前後左右に動けるぞ」 リモコンを見てから、キャプテンはアスカに渡した。 「ほんとう、操縦できるの、うれしい」 アスカがリモコンを弄ると、ボートがゆっくり進んだ。しかし、ボートに繋がれた紐 がピーンと張りそれ以上は進まなかった。アスカは判然としない顔で、身を乗り出して ボートの下を覗いた。 「ベン、ひもをほどいてよ。犬小屋につながれた犬じゃないんだから」 ロボットのベンは、キャプテンの顔を見た。 「うーん、いいだろう。怪我をしてもドクターロボのマザーがいるから」 ベンは棚の根元に縛ってあた紐を解いて、その紐をボートの中に入れた。そして、ゆ っくりボートを押した。 「アスカ、もう直ぐ食事だ。宇宙船を一蹴したら帰って来い」 「はーい、ごきげんよう」 上機嫌でアスカは手を振って、サロンを出て行った。
「ねえ、アスカがあんなに喜ぶとは思わなかった。わたし、ビスケットを持てくるわ。 アスカの分、1枚増やそうかしら」 と、言いながらナオは笑いながら厨房に行く。 「大人は健康診断で、食事抜きか。辛いな」 キャプテンはアスカが羨ましそうに言う。 <<キャプテン、今日だけですから我慢してください>> ドクターロボのマザーが言う。 「そうだな」 そして、ナオが大事そうに宇宙食のビスケットとスープを持ってきた。 「今日はアスカの分だけよ。マザー、検査が終われば食べてもいいの?」 <<ナオ、終わればいくらでも、食べてください>> 意地汚い人たちと言う顔で、マザーが言う。だが、ロボットには空腹という満たされ ない気持ちは理解できなかった。
その日の午前中は、健康診断でベンの宇宙学が学べなかった。 そして、午後の運動をしてから、3人でナオの野菜栽培の手伝いをする。 そこでキャプテンは新規にジャガイモみたいなものを植えた。 「あッ、キャプテン。何か植えたら植えたものの名前をこれに書いて、横に差してね。 後で分からなくなるといけないから」 キャプテンはナオからプラスチックの札を受取った。 「フーン、これも倉庫にあったのか?」 「ええッ、ベンからもらったのよ。倉庫には何でもあるのね」 感心したようにナオが言う。 「ねえねえ、ナオ。全部終わったからボートに乗ってきていい?」 子どものアスカが鼻に土を着けながら言う。そしてその土をナオが払った。 「いいわよ、気をつけるのよ」 「うん」 アスカは、走って部屋を出て行った。
|
|