「ベン、こういうのが欲しいんだが、どこかにないかな?」 紙に書いた浴槽をキャプテンは、ベンに見せる。 <<キャプテン、これにお湯を入れて、それに浸かるんですね?>> ロボットのベンはその絵を見詰た。人間がシャワーを浴びることは学んでいたが、湯 に浸かる習慣は宇宙にはなかった。 「うん、縦2メートル、横3メートル、深さ1メートルぐらいで水が漏れないものが欲 しいんだが?」 <<キャプテン、厨房の流し台では駄目ですか、少し小さいですが?>> 冗談にも受取れるベンの答えである。 「うん、それは小さ過ぎるよ。それに、流し台は流し台として使うから、普段使わない ものがいいな」 <<キャプテン、難しいですね、冷凍庫の間仕切りを合わせて、溶接しますか?>> 「うーん、もっと簡単にできないかな」 キャプテンは首を傾げる。
「ベン、この宇宙船は不慮の事故を想定して、食べ物が倉庫にあるんだな?」 <<キャプテン、その通りです>> 「じゃ、車とかオートバイとかは、この宇宙船に積んでいないのか?」 <<キャプテン、小型エアーカーを積んでいます>> 「そうか、もしこの宇宙船が海に不時着した場合、救命具は何だ?」 <<キャプテン、8人乗りのゴムボートが15隻用意されています>> 「そのゴムボートをこの浴槽に使えないかな?」 <<キャプテン、そのゴムボートの長さは5メートル、横幅2メートル50センチ、深 さ70センチです。使えそうですね>> 「うん、倉庫に取りに行こう」
そして倉庫からゴムボートを取り出し調べてみると、分厚いゴムが二重になってい た。空気を入れる口があり、膨らませると頑丈なゴムボートになりそうである。 「ベン、空気入れ用の小型ボンベが何個かあるけど、どれでもいいのか?」 <<キャプテン、注意してください、空気と風船用ヘリウムガスの2種類がありますか ら>> 「そうか、風船用ヘリウムガスを入れれば、このゴムボートを浮かせることができるの か?」 <<キャプテン、その通りです。不時着して地上の歩行が危険な場合は、この風船用ヘ リウムガスを入れて空中を進みます。ただし、ボムボートに乗せる重さによりヘリウム ガスの濃度を変えますから、その調整も結構大変です>> 「それは面白そうだ。とりあえず両方持っていこう」 <<キャプテン、了解しました>>
そして、キャプテンとロボットのベンは、シャワー室の奥でゴムボートを組み立て た。そのゴムボートは、レジャー用のゴムボートと違いバットで叩いても壊れそうもな かった。 「ベン、このゴムボートは大きくて随分がっしりとしているな」 <<キャプテン、荒波に耐えられるようになっています。それに蓋もできます>> 「いや、蓋はいらない。これで十分だ。これでシャワーのホースを5本ぐらい、このゴ ムボートに入れて、お湯を捻れば入れるぞ」 嬉しそうにキャプテンは言った。 「うん、いいな。このシャワー室の室温と照明は、わたしにも調節が出きるのか?」 <<キャプテン、全てわたしに接続されていますが、扉の横のコントロールパネルから も出来ます。キャプテン、何だか楽しそうですね?>> 「いや、ナオが五月蝿くて参る。ナオは地球へ帰還しないと決まってから、急に喧しい 女になった。わたしは優しい女性だとばっかり思っていたのに」 キャプテンが愚痴りだす。
<<キャプテン、この浴槽が出来れば、ナオの機嫌も直りますよ>> 「うん、そう願いたいものだ。ところで、ベン。ここの天井にホログラムを投影して欲 しいんだが?」 <<キャプテン、何を投影させましょう。湯気が邪魔をするかもしれませんが?>> 「うーん、そうか湯気か。後で絵は見せる」 <<キャプテン、了解しました>>
その時、子どものアスカが顔を覗かした。 「ベン、何してるの」 子どもが珍しい玩具を見つけたような顔をして、アスカがシャワー室に入って来た。 <<アスカ、浴槽を作っています>> 「よくそう?、何これ、大きい」 不思議そうな顔で、アスカは浴槽の中を覗いた。 「健康診断は終わったのか、アスカ?」 浴槽の中に入ろうとしたアスカをキャプテンの腕が遮った。 「うん、ナオが健康診断をしているよ」 アスカは浴槽の中を見ながら言った。 「今晩から、温泉に入るからな」 「えッ、何、温泉って?」 分けがわからずアスカは、キャプテンの顔を見た。 「うん、この中にお湯を入れてみんなで、裸で入るんだ。アスカ、火星のコロニーに は、お風呂が無かったのか?」 「うん、知らない。でもプールなら知ってよ」 「いや、プールとは違うな」 「そうなの、裸で入って何するの?」 「お湯に浸かって体の疲れを取るんだよ」 「じゃ、アスカも入る。ベンも入るんでしょ?」 <<アスカ、わたしはロボットです。お湯に浸かればショートして故障します>> 「よし、これで出来上がった。後はサロンでホログラムの絵を決めよう。行こうか」 <<キャプテン、了解しました>>
そして、キャプテンはシャワー室の天井に投影する、ホログラムの絵柄を決めかねて 煩悶していた。 「うーん、どうするかな。初めてだから満天の星と流れ星にするかな、それとも、銭湯 に描かれている富士山と帆掛け舟にするかな」 「ねえ、ねえ、猫のタマでもいい。わたし、タマがいいな」 甘えた声でアスカが言う。 「うん、他の絵に飽きたらタマにしてやるよ」 「忘れないでよ、キャプテン。わたし約束を忘れたことがないのよ」 アスカは賢そうな顔でキャプテンを見詰る。 「大丈夫だ、アスカ。約束は守る。そうだ、ベン。前に見たサザンクロス星の街並みを シャワー室の天井に映すことは出きるか?」 <<キャプテン、簡単です>> 「そうか、動画だぞ?」 <<はい、問題ありません。上映時間は10分間です>> 「そうか、10分は短いな。それじゃ、サザンクロス星と、この宇宙船の持ち主のデス ラカン帝国を映してくれ」 <<キャプテン、了解しました>>
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