5日後。 昼休み、アスカはロボットのベンを従えて宇宙船を探検するのが日課になっていた。 「ベン、この部屋はなんだか好きになれない」 <<アスカ、ここは医務室です。嫌いですか?>> 「うーん、なんとなくね」 それでもアスカの視線は医務室の中を注意深く見渡していた。
「ねえ、ベン。あれはなに?」 それは歯科治療用の椅子のようなものであった。その上の方には頭に被せる医療用ヘ ルメットみたいなものがあり、そのヘルメットには無数のセンサーが絡み合っていた。 一目で、脳と直結させるもと分かる。 「あれは脳治療器です。椅子に座り、あのヘルメットを被ると微電流が流れ、脳と神経 細胞に刺激を与え、記憶力、判断力、予知能力を高めます。詳しくはドクターロボに聞 いてください」 「へー、誰が使うの?」 <<アスカ、あれは兵士が脳に怪我を負って、脳と神経が壊れた場合に使います>> 「そうなの、アスカもやってみたい」 <<アスカ、危険です。地球人にも適応できると思いますが、脳と神経を調べないと、 でも、子どもには、お勧めできません>> 「そうなの」
ロボットのベンはそのヘルメットを凝視する。 <<アスカ、これはおかしい。黒い髪の毛がヘルメットの内側に付いている>> ロボットのベンは、いかつい外見とは不釣合いに髪の毛を指で器用に摘んだ。 「ほんとうだーッ」 <<死んだ宇宙人の兵士は全てスキンヘッド。ナオは明るい髪の色、この黒い髪の毛は アスカとキャプテンだけ>> 「そうだね」 アスカは上目遣いでベンを見る。 <<しょうがない人だ>> ロボットのベンはその髪の毛を見詰ながら言う。
「ねえねえ、ベン。おんぶして?」 <<アスカ、おんぶとは運動の最後にやっている、キャプテンの背中に乗るやつですか ?>> 「うん」 <<アスカ、わたしは金属のロボットです。怪我をします>> 「やっぱりだめか」 <<アスカ、人間じゃないと無理です。ナオにおんぶしてもらったらどうですか?>> 「ナオは力が無くて、おんぶするとふらふらするのよ」 <<そうですか>> 「だめだわ、ナオじゃ」 <<そうですか>> 「でも嫌いじゃないわ、ナオのこと」 <<そうですか>> 「ベン、ナオに言いつけないでね」 急に心配になりアスカはロボットのベンの顔を見上げる。 <<アスカ、ロボットは言いつけたりはしません>> 「よかった、ベンがロボットで」 <<アスカ、お昼休みが終わります。運動場に行かないと>> 「うん、キャプテンにおんぶしてもらう」
そして地球帰還の日が来た。 「えッ、やすみ。なんで?」 「今日はねえ、地球に到着するからよ。長いようで短かったわ」 ナオは優しく言う。その瞬間、アスカの顔が暗くなった。アスカは両親が宇宙人に殺 されて、地球へ帰還しても誰も待ってないことを知っていた。アスカの小さな胸が不安 で高鳴った。それとロボットのベンも何となく元気がない。 「これからわれわれの帰還メッセージを地球へ送る。われわれの乗っているのは宇宙人 の宇宙船だ、攻撃されないようにメッセージを送らないとな。ベン、これから言うメッ セージを全チャンネルで繰り返して、地球に向けて発信してくれ」 <<キャプテン、了解しました。それと危険なので宇宙船のスピードを減速させます。 地球の到着予定は2時間後です>> キャプテンは小さく頷く。
「わたしは日本国所属、宇宙船・希望号のパイロット・キャプテン・ロックです。 西暦2108年5月10日、火星から月に飛行中、突然、宇宙人に襲われた。そして5 11名中、3名が生き残った。 その3名は、女性の三条ナオ、少女の加藤アスカ、そしてパイロットのキャプテン・ ロックです。2時間後に東京に到着します。宇宙人の宇宙船に載っているが攻撃しない ように。以上」
キャプテンはロボットのベンを見て大きく頷いた。 <<キャプテン、地球に向けて、今のメッセージを繰り返し発信しています。応答があ れば知らせます>> 「うん、操縦室で応答を待とう」 そして、3人とロボットのベンは操縦室でスクリーンを見詰た。 「地球では、われわれが宇宙人に洗脳されているかどうか疑うだろうな?」 「えッ、素直に帰宅できないの?」 「それは分からない」 スクリーンを見詰ながらキャプテンは地球人の対応を煩悶していた。 三人は徐々に緊張した顔でスクリーンを見詰る。 「おかしいわね、1時間以上も経つのに応答が無いわ。何かあったのかしら」 痺れを切らしてナオは、いらつきながら言う。 <<ナオ、文明の差でスピードが違います。あと、30分は待たないと応答が届きませ ん>> 「そうなの、やっとの思いで地球に帰ってきたのに」
そのまま3人はスクリーンを見続ける。 「アスカ、喉が渇いた。ジュースのボトルを、三つ持って来てくれないか?」 「うん、いいよ」 子どものアスカは、おとなしくスクリーンを見詰ていたが、飽き飽きしていたので喜 んで立ち上がり、操縦室を出て行った。 「ベン、地球を拡大して見せてくれないか」 <<キャプテン、了解しました>> スクリーンに映っていた星の群れが、瞬時に切り裂かれて後ろに流れた。そして映像 は目まぐるしく突き進む。暫く進むと、端の方に青と白の地球が見えてきた。その次の 瞬間、拡大された地球からは無数の宇宙船がこちらに向かってくる。 「うーん、やはり迎撃体制か」 渋い表情でキャプテンが呟く。そして、スクリーンを凝視しながらキャプテンは腕を 組み苦悶していた 「やだ! 何だかまずい感じね」 ナオも表情を曇らせてスクリーンを見詰ている。
そして20分が過ぎた。 <<こちら地球防衛軍、総司令官のダグラスだ。聞こえるか。 宇宙からの帰還、きみたちは地球の英雄だ。アメリカのアリゾナに着陸してくれ>> 嗄れた声がロボットのベンの口から重々しげに流れた。
|
|