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作品名:銀河を渡る船 第一部・帰還せず 作者:佐藤 神

第6回   6

 宇宙船の案内が一通り終わり、ナオとアスカはロボットのベンと倉庫に向かった。そ
して適当な下着と服を漁った。
「ねえーッ、ベン。ここにあるものは使っていいのね?」
<<ナオ、ロボットのわたしに対する質問ではありません。わたしは使用人です。自由
に使ってください>>
「そう、でも子供用はないのよね?」
<<ナオ、この宇宙船は戦闘艇なので子供用はありません>>
「じゃ、アスカ。この紐みたいなインナーなら大丈夫よ、紐で結わくだけだから」
 と言って、ナオは両手で広げてアスカに見せる。
「大人みたいでやだー」
 アスカは満更ではない口ぶりで言う。
「わたしもこれを穿くから、アスカ、いいでしょう?」
 困った顔でナオが言う。
「うん」
 アスカは珍しそうに手でそれを触った。

「ねえーッ、ベン。衛生用品はあるの?」
<<ナオ、あります。そのピンクの棚の三番目に入っています>>
「そう、分かったわ」
<<ナオ、わたしみたいな無骨なロボットに使い方を聞くのは厭わしいでしょう。ドク
ターロボを立ち上げてはいかがでしょう?>>
「でも、ドクターロボは、わたしたちの仲間を切り裂いたロボットでしょう?」
 ナオは不快な表情を露にする。
<<はい、それを言われると。でも、ドクターロボはロボットの中のロボットです。4
0歳の女医をイメージした上品で優しい人間型アンドロイドです>>
「何で40歳なの?」
<<ナオ、ドクターロボは、みんなからマザーと呼ばれ慕われています>>
「そうなの、ドクターロボは何で電源が入っていないの?」
<<ナオ、この宇宙船の宇宙人が全員死んだ時、わたしはドクターロボの電源を切りま
した。あなた方に壊されるのではないかと怖れたからです>>
「うーん、そうだったの。でもこの使い方はどうにかなるから大丈夫よ」
 ナオは引き出しから取り出した衛生用品を手に持って小さく頷いた。
<<ナオ、了解しました>>
 暫くして、ナオとアスカはめぼしいものを両手で抱えて倉庫から引き上げた。

「さあッ、これでシャワーを浴びられるわ。キャプテン、用心のためにシャワー室の前
で見張ってて。アスカ、シャワーを浴びましょう」
 と、言うとナオとアスカは、シャワー室に入り中から鍵を閉めた。
「ベン、ここでシャワー室を見張る理由はあるのか?」
 キャプテンには見張りをする気はなかった。だが確認はしたかった。
<<キャプテン、この宇宙船にはキャプテン、ナオ、アスカの三人以外の生き物は存在
しません。見張りは無駄な行為です>>
「うん、ここにいてもしょうがない。サロンに行こう」
<<キャプテン、了解しました>>

 そして、サロンの中を物色していたキャプテンは、宇宙人の飲み物を見つけた。
それを手に取ると、微笑みながら紫色のボトルをロボットのベンに見せる。
「これは飲んでも大丈夫か、ベン?」
<<キャプテン、大丈夫です。司令官が常用していました>>
「そうか、飲んでみるかな」
 その飲み物をキャプテンはグラスに注いで、恐る恐る飲んだ。
「うーん、美味いのか、不味いのか分からん。クスリみたいな味だな」
<<キャプテン、ハーブ酒と聞いていますが、お口に合わないようですね>>
 その時、馥郁たる名香の香りがキャプテンの鼻腔をついた。
「うんッ、この香は?」
 キャプテンの後ろに、ナオとアスカがニヤニヤしながら立っていた。
「あッ」
 驚愕の声を上げ、キャプテンはナオの顔を見詰た。ナオは渇き切っていない髪をたく
し上げキャプテンを誘惑するように見返す。ナオはシャワーで囚われの垢を落とし、倉
庫にあった化粧品で見事に化けた。もともとハリウッド女優にも引けをとらない美貌、
笑うと白い歯が爽やかである。キャプテンが驚くのも無理はなかった。
 そして子どものアスカは面白半分に香水を自分の服に振りかけた、その香水の匂いが
キャプテンの鼻腔をついたのである。
「あーッ、久しぶりにさっぱりしたわ、生き返ったみたいよ。キャプテンもシャワーを
浴びたら、最高よ!」
 今まで見せたことのないナオの笑顔がキャプテンに眩しかった。

 その翌日。
 三人と、ベンはライブラリー室にいた。
「ベンの話だと、2週間で地球に到着するそうだ。しかしだらだらしてても仕方ないか
ら、われわれのリハビリを考えた。午前中は、ここで学習。午後は2時間の運動。そし
て、3時から自由時間」
 と、自信ありげにキャプテンが言う。
「その学習って?」
 若い女性のナオがキャプテンの顔を見ながら言った。
「うん、午前中の学習はベンを含めて全員参加だ。アスカを対象に国語、算数をわたし
が教える。ベンには宇宙の歴史と文化をアスカに分かるように教えてもらう。ナオはア
スカと一緒に聞いててくれ」
「いいわ、宇宙のことを早く聞きたいわ。ねえ、アスカ」
 ナオは子どものアスカの顔を見て言った。
「うーん」
 あいかわらづ興味がなさそうにアスカが返事をした。

「キャプテン、午後の運動は何をやるの?」
 ナオが聞く。
「そうだな、ナオはエアロビでも、ヨガでも、筋トレでも好きなことをやっててくれ。
わたしはアスカと歩く。20分歩いて、10分休憩をする。それを2時間繰り返す。そ
して、呼吸法を教える」
「アスカ、呼吸法って?」
 ナオは元気のないアスカの顔を見て言う。
「ンッ、わからない」
 アスカが虚ろに言う。
「だめよ、アスカ。分からないことはキャプテンに聞かないと」
 ナオはアスカに語尾を少し強めて言う。
「キャプテン、こきゅうほうて、なに?」
 だるそうにアスカは言う。
「うん、息を吸って、吐いて、吸って、吐いてを繰り返すんだ」
「できるよ」
「そうか、それを歩きながらやるんだ」
「なんでそんなことするの?」
「うん、人間の口の奥に肺がある。腕を大きく振って足を上げて、正しく呼吸して歩け
ば、その肺が新鮮な空気をたくさん体に取り入れるんだ。そうすると、体の中が丈夫に
なり、病気にならなくなる。したがって、夜もよく眠れて気持ち悪い夢を見なくなる」
 と、言ってキャプテンはアスカを見た。
「なんでわたしの夢のことを知っているの?」
 びっくりした顔で、アスカはキャプテンの顔を見る。
「アスカは毎晩、苦しそうにうなされている」
 キャプテンはアスカの顔を見て言う。
「わたしあんな夢、見たくないのに」
 嫌そうにアスカは眼を伏せる。
「アスカ、言うことを聞けば治るよ」
「じゃ、やる」
 決心したようにアスカが言った。




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