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作品名:銀河を渡る船 第一部・帰還せず 作者:佐藤 神

第5回   5

<<キャプテン、ここはトレーニング室になっています>>
 その大きな部屋には、本格的なトレーニング器具がずらりと並んでいる、壁には大き
な反射金属がはめこまれている、床には灰色の絨毯が敷かれていた。エアロビックスで
も流行っているのか、興味深そうにキャプテンはトレーニング機器を凝視している。
 そして、キャプテンはやおらトレーニング器具の感触を試みた。
「これは素晴らしい、それに、これだけのスペースがあればジョギングも出来る。でも
拘束されていたので体がなまっているから、みんなで散歩でもしようか?」
「ええッ、宇宙船の中にこれだけのものがあるとは。ベン、トレーニングウエアーやア
 ナオは微笑みながら振り向いて、ベンを見た。
<<ナオ、女性用のものもあります。でも、子供用はありません>>
「なんだ、子供用はないんだ」
 子どものアスカは少しふくれた顔で言った。
「我侭は言わないの、でも、一番小さいやつを紐で結わけば使えるわよ」
 困惑顔で諭すようにナオが言う。
「ふーんッ」
 不満げにアスカが顔を背ける。
「うーんッ、1日2時間ぐらいここで汗を流したいな。早く運動がしたい」
 キャプテンは今まで身柄を拘束されていたが、取り敢えず生命の危険から解放され
た。その鬱憤晴らしに力一杯体を動かしたかった。
「そうね、今までことを考えると夢のようだわ」
 ナオも同様に息が詰まりそうな日々から開放された喜びで、口元が微笑んでいた。
「よし、ベン。次の部屋へ」
 何となくキャプテンの声に張りが戻ってきた。
<<キャプテン、了解しました>>
 そして、ベンの後からキャプテンとナオが続いて奥に向かった、拗ねていたアスカが
それを見て慌てて小走りに後を追う。

<<キャプテン、ここは部屋と言うより、大きな倉庫になっています。手前に冷凍庫、
奥が貯蔵庫になっています>>
「そうか、何月分の食料があるのだ」
<<キャプテン、100名を想定して1年分はあります>>
「それはついてるな」
 キャプテンは大きく満足そうに頷いた。
<<キャプテン、あの貯蔵庫の奥は宇宙船の備品置き場になっています。キャプテンの
嫌いな武器も保管されています。そして宇宙船の本体に続きます。よければ反対側の通
路に行きましょう>>
 ロボットのベンの後ろから三人はぞろぞろと続いて、宇宙船の反対側に向かった。

<<キャプテン、この部屋はライブラリー室です。
データベースの情報が教育用に使われています。その情報には宇宙の全てが網羅されて
いると言っても過言ではありません>>
「おおッ、それはいい。われわれも見たいものだ。あとで使い方を教えてくれ」
 キャプテンは興味深そうに頷く。
<<キャプテン、了解しました>>
 部屋の中には、シンプルなテーブルと椅子。そして、テーブルの上には端末が配置さ
れていた。それが全部で100セットはある。
<<キャプテン、このライブラリー室の後には空き室が6室続き、キャプテンたちが入
っていた拘置所、そして最後の部屋が死体安置室になっています>>
 キャプテンはその瞬間顔色を変えた。
「おい、連れて行かれたわれわれの仲間はどうした。宇宙人に食べられたのか?」
<<キャプテン、違います。連行された人間は内蔵を抉られ、その内臓は医療用冷凍庫
に保管されています。それは兵士が負傷した時に、役立てます。それ以外の部分はその
死体安置室より宇宙に散布しました>>
「う、うう....」
 ナオの嗚咽が間断なく聞こえる。

 そして暫く沈黙が続いた。
「なぜ、われわれをまとめて処分しないで、一日一人だけ処分したんだ?」
 キャプテンはボソと言う。そして、険しい顔でロボットのベンを見詰る。
「キャプテン、宇宙人はあの部屋の隠しカメラで、地球人の心理状態を観察していまし
た」
「えッ、覗いていたのか。趣味の悪い宇宙人だ」
 キャプテンも力なく項垂れた。
「その人間の内蔵をとりだしたのは誰だ。宇宙人か?」
<<キャプテン、ロボットのドクターロボです>>
「うーん、とりあえず健康診断はやめるか。ドクターロボには罪はないが、その気にな
れない」
 キャプテンは空しそうに言う。
<<キャプテン、了解しました>>
「ベン、それとどうしても腑に落ちないことがある。われわれの宇宙船はなぜ宇宙人に
襲われたのだ。理由が分からん?」
<<キャプテン、偶然の事故です。宇宙人の宇宙船は突発性の双子の磁気嵐に遭遇しま
した。緊急退避ができないうちに計器が狂いだし、空間に飲み込まれました。
 そして、キャプテンの宇宙船と接触しそうになりました。わたしも30年間宇宙船に
いますが、このような太陽フレアは初めての経験です>>

「いや、それはどうでもいいんだ。何で攻撃したんだ?」
 キャプテンの声が強まった。まるでロボットのベンを責めるように。
<<キャプテン、操縦室にいた新人の兵士がパニック状態に陥りました。そして、自動
操縦を手動に切りかえて、キャプテンの宇宙船になぜだか分かりませんがビーム砲で攻
撃を仕掛けました>>
「何て言うことだ」
 眉に皴を寄せキャプテンが悲しそうに言った。
<<その時、あわてて司令官がかけつけて、その新人の兵士を殴りつけ、直ぐに宇宙船
の生存者を救出するように命令を出しました。
 それで13人がこの宇宙船に保護されました。しかし、この事件が本国に知られる
と、当然、司令官も含め全員が軍法会議にかけられ刑罰を受けます。そのため生存者を
抹殺して、このことを隠蔽しようと決めたのです>>
「うーんッ、死んだものは報われないな。日本の官僚と同じことをする」
 大きな溜息をついて、キャプテンは改めても黙祷する。それを見ていた子どものアス
カは意味が分からず大人の真似をして、慌てて目をつぶった。

 暫くして。
「うん、われわれの国に国家公務員と言う役人がいる。そして、中央官庁の幹部が官僚
と呼ばれている。政治家が法律を作り、役人が行政を司る。その政治家が国民のことを
無視して、党利党略をはかり自分の利益しか考えない。いざとなれば病気を理由に最重
要役職を辞退して、敵前逃亡と揶揄されても議員を辞めない。
 歴史に恥じてまで、生き延びようとするその生き方に空しさを感じる。
官僚も腐敗していた。そしてその下の木っ端役人も好き勝手に税金を猫糞している。
ほんとうに呆れた国だ」

<<キャプテン、それを許している国民たちにもその責任があるのでは?>>
「うん、国民が一番悪いと思う。多分、国民は宗教的なもので和を尊ぶ精神で一歩退い
て我慢してしまう。そのくせ戦争になれば、他国に侵略して細菌兵器の実験で何万人も
平気で殺している。よく分からないが何となく一部の狂人に操られる国民だと思う」
<<キャプテン、そんな日本が地球を治めているのですか?>>
「いいや、昔は経済大国といわれていたが、今は人口も半減して小国と成り下がった。
それがわたしの国、日本だ」
 キャプテンは自分に流れている血を呪うように口調が強まった。しかし、ナオとアス
カは、話に興味がなく二人でテーブルの上の端末を珍しそうに覗いていた。







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