<<キャプテン、ここはトレーニング室になっています>> その大きな部屋には、本格的なトレーニング器具がずらりと並んでいる、壁には大き な反射金属がはめこまれている、床には灰色の絨毯が敷かれていた。エアロビックスで も流行っているのか、興味深そうにキャプテンはトレーニング機器を凝視している。 そして、キャプテンはやおらトレーニング器具の感触を試みた。 「これは素晴らしい、それに、これだけのスペースがあればジョギングも出来る。でも 拘束されていたので体がなまっているから、みんなで散歩でもしようか?」 「ええッ、宇宙船の中にこれだけのものがあるとは。ベン、トレーニングウエアーやア ナオは微笑みながら振り向いて、ベンを見た。 <<ナオ、女性用のものもあります。でも、子供用はありません>> 「なんだ、子供用はないんだ」 子どものアスカは少しふくれた顔で言った。 「我侭は言わないの、でも、一番小さいやつを紐で結わけば使えるわよ」 困惑顔で諭すようにナオが言う。 「ふーんッ」 不満げにアスカが顔を背ける。 「うーんッ、1日2時間ぐらいここで汗を流したいな。早く運動がしたい」 キャプテンは今まで身柄を拘束されていたが、取り敢えず生命の危険から解放され た。その鬱憤晴らしに力一杯体を動かしたかった。 「そうね、今までことを考えると夢のようだわ」 ナオも同様に息が詰まりそうな日々から開放された喜びで、口元が微笑んでいた。 「よし、ベン。次の部屋へ」 何となくキャプテンの声に張りが戻ってきた。 <<キャプテン、了解しました>> そして、ベンの後からキャプテンとナオが続いて奥に向かった、拗ねていたアスカが それを見て慌てて小走りに後を追う。
<<キャプテン、ここは部屋と言うより、大きな倉庫になっています。手前に冷凍庫、 奥が貯蔵庫になっています>> 「そうか、何月分の食料があるのだ」 <<キャプテン、100名を想定して1年分はあります>> 「それはついてるな」 キャプテンは大きく満足そうに頷いた。 <<キャプテン、あの貯蔵庫の奥は宇宙船の備品置き場になっています。キャプテンの 嫌いな武器も保管されています。そして宇宙船の本体に続きます。よければ反対側の通 路に行きましょう>> ロボットのベンの後ろから三人はぞろぞろと続いて、宇宙船の反対側に向かった。
<<キャプテン、この部屋はライブラリー室です。 データベースの情報が教育用に使われています。その情報には宇宙の全てが網羅されて いると言っても過言ではありません>> 「おおッ、それはいい。われわれも見たいものだ。あとで使い方を教えてくれ」 キャプテンは興味深そうに頷く。 <<キャプテン、了解しました>> 部屋の中には、シンプルなテーブルと椅子。そして、テーブルの上には端末が配置さ れていた。それが全部で100セットはある。 <<キャプテン、このライブラリー室の後には空き室が6室続き、キャプテンたちが入 っていた拘置所、そして最後の部屋が死体安置室になっています>> キャプテンはその瞬間顔色を変えた。 「おい、連れて行かれたわれわれの仲間はどうした。宇宙人に食べられたのか?」 <<キャプテン、違います。連行された人間は内蔵を抉られ、その内臓は医療用冷凍庫 に保管されています。それは兵士が負傷した時に、役立てます。それ以外の部分はその 死体安置室より宇宙に散布しました>> 「う、うう....」 ナオの嗚咽が間断なく聞こえる。
そして暫く沈黙が続いた。 「なぜ、われわれをまとめて処分しないで、一日一人だけ処分したんだ?」 キャプテンはボソと言う。そして、険しい顔でロボットのベンを見詰る。 「キャプテン、宇宙人はあの部屋の隠しカメラで、地球人の心理状態を観察していまし た」 「えッ、覗いていたのか。趣味の悪い宇宙人だ」 キャプテンも力なく項垂れた。 「その人間の内蔵をとりだしたのは誰だ。宇宙人か?」 <<キャプテン、ロボットのドクターロボです>> 「うーん、とりあえず健康診断はやめるか。ドクターロボには罪はないが、その気にな れない」 キャプテンは空しそうに言う。 <<キャプテン、了解しました>> 「ベン、それとどうしても腑に落ちないことがある。われわれの宇宙船はなぜ宇宙人に 襲われたのだ。理由が分からん?」 <<キャプテン、偶然の事故です。宇宙人の宇宙船は突発性の双子の磁気嵐に遭遇しま した。緊急退避ができないうちに計器が狂いだし、空間に飲み込まれました。 そして、キャプテンの宇宙船と接触しそうになりました。わたしも30年間宇宙船に いますが、このような太陽フレアは初めての経験です>>
「いや、それはどうでもいいんだ。何で攻撃したんだ?」 キャプテンの声が強まった。まるでロボットのベンを責めるように。 <<キャプテン、操縦室にいた新人の兵士がパニック状態に陥りました。そして、自動 操縦を手動に切りかえて、キャプテンの宇宙船になぜだか分かりませんがビーム砲で攻 撃を仕掛けました>> 「何て言うことだ」 眉に皴を寄せキャプテンが悲しそうに言った。 <<その時、あわてて司令官がかけつけて、その新人の兵士を殴りつけ、直ぐに宇宙船 の生存者を救出するように命令を出しました。 それで13人がこの宇宙船に保護されました。しかし、この事件が本国に知られる と、当然、司令官も含め全員が軍法会議にかけられ刑罰を受けます。そのため生存者を 抹殺して、このことを隠蔽しようと決めたのです>> 「うーんッ、死んだものは報われないな。日本の官僚と同じことをする」 大きな溜息をついて、キャプテンは改めても黙祷する。それを見ていた子どものアス カは意味が分からず大人の真似をして、慌てて目をつぶった。
暫くして。 「うん、われわれの国に国家公務員と言う役人がいる。そして、中央官庁の幹部が官僚 と呼ばれている。政治家が法律を作り、役人が行政を司る。その政治家が国民のことを 無視して、党利党略をはかり自分の利益しか考えない。いざとなれば病気を理由に最重 要役職を辞退して、敵前逃亡と揶揄されても議員を辞めない。 歴史に恥じてまで、生き延びようとするその生き方に空しさを感じる。 官僚も腐敗していた。そしてその下の木っ端役人も好き勝手に税金を猫糞している。 ほんとうに呆れた国だ」
<<キャプテン、それを許している国民たちにもその責任があるのでは?>> 「うん、国民が一番悪いと思う。多分、国民は宗教的なもので和を尊ぶ精神で一歩退い て我慢してしまう。そのくせ戦争になれば、他国に侵略して細菌兵器の実験で何万人も 平気で殺している。よく分からないが何となく一部の狂人に操られる国民だと思う」 <<キャプテン、そんな日本が地球を治めているのですか?>> 「いいや、昔は経済大国といわれていたが、今は人口も半減して小国と成り下がった。 それがわたしの国、日本だ」 キャプテンは自分に流れている血を呪うように口調が強まった。しかし、ナオとアス カは、話に興味がなく二人でテーブルの上の端末を珍しそうに覗いていた。
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