その少女は手足が長くて色白で、髪が肩まで伸びていた。大人びた顔で名前はアスカ と言う、一見、12,3歳に見えるが、実は今年9歳になる少女である。 アスカの父親は火星のコロニー開発の技術者であった。11年前、父親は同じコロニ ーで働く、女性と結婚する。しかし、父親は子どものころに患った病気で高熱を出して 子供が出来ない体になっていた。妻から妊娠の話を聞いて逆上したが、直ぐに全てを受 け入れた。 そして両親の愛を受けてすくすくとアスカは育った。4歳のときアスカは火星キッズ アカデミーに入学しようとした、その入学テストでありえない満点を取ってしまった。 アスカは翌日から火星アカデミーに隔離され、研究対象となった。その結果、IQが 200を越えているのが分かった。それでも賢いアスカは、身の危険を感じて検査のと き、覚られない様に手抜きをしていた。 アスカは火星キッズアカデミーではなく、火星アカデミーの研究所でその才能を伸ば した。しかし、アスカの屈託のない笑顔は可愛い普通の少女であった。
やがて火星での父親の任期が過ぎて、やっと地球に帰れることになった。三人で地球 へ帰る途中、この惨事に巻き込まれ、アスカは瞬時のうちに両親を失ってしまった。 その両親の死を認めた時、天才少女のアスカでもパニック状態に陥り、軽い鬱病の表 情が現れた。
若い女性の名前はナオと言う。今は油っ気の無い髪をざんばらに掻き分けて顔も薄汚 れているがいるが、本来の姿は上品で絶世の美女、しかもモデルのような抜群のプロポ ーション。その上、ナオは大富豪の末娘であった。なに不自由することなく育ち、お嬢 様然とした24歳の女性である。そして、二人の姉はすでに嫁いでいた。 普段はセンスのいい服を着こなし優雅な生活をしている。そして、時々気の合った仲 間とスイーツを食べながら、スキャンダラスな女優をこき下ろすのを楽しみにしてい た。そんなナオは気まぐれに火星旅行に出た。その帰るところでこのおぞましい悲劇に 出会った。
キャプテンは襲われた宇宙船のパイロットである、平和主義者で争いごとは嫌いであ った。昨年、事故で愛する家族をなくし落ち込んでいた、背の高い34歳の男である。 家族を亡くす前は、融通の利かない堅物であった。しかし、家族を亡くしてからは、 人の意見は聞き流し、気ままに生きていた。
それから長い長い沈黙が続いた。そして、待望の拘置所の扉が開く。ゆっくりとロボ ットのベンが食事を載せた台車を押しながら入って来た。キャプテンは喉の渇きを覚え て、生唾をゴクリと飲む、そして緊張して言う。 「いーやッ、ベン。宇宙人のみなさんはお元気ですか?」 そして、キャプテンは全神経を耳に集中させベンの返事を待った。 <<キャプテン、宇宙人はたった今、全員死亡しました>> その報告を聞いてキャプテンの表情が緩んだ。
「ああーッ、これで自由になった。ベン、われわれは自国に帰りたい。われわれ三人が 太陽系の第三惑星地球に帰ることができたら、この宇宙船を君に返す。そして、好きな ところへ行ってくれ」 嬉しくて、気分が高揚したのかキャプテンは少し甲高い声で言った。 <<キャプテン、わたしはロボットです。命令に従うだけです>> 「そうか、それじゃ、命令を出す。われわれ三人の命を守れ、最優先命令だ。この最優 先命令は解除が出来ないものとする」 キャプテンが厳しい顔付きで言い、ロボットのベンを見詰る。 <<キャプテン、了解しました>> 予想していた以上に、ロボットのベンが従順な態度を取ったので、キャプテンは安度 する。そして想わず肩の力が抜けて大きな溜息をついた。
「ベン、食事が終わったら、この宇宙船の内部を案内してくれ」 <<キャプテン、了解しました>> 三人は久しぶりに緊張が取れ、ゆっくりと食事を取った。食事と言っても、ビスケッ ト6枚に栄養ドリンクである、瞬く間に食べ終えた。そして、ロボットのベンを先頭に キャプテン、その後ろにナオとアスカが手をつないで恐々と宇宙船内を見学する。 だが長い惑星間飛行、そして、この10日間の死刑囚生活、いつ殺されるか分からず 神経がずたずたに麻痺していた。そのため足元がおぼつかず、真っ直ぐ歩けなかった。
「ベン、この宇宙船は大きいのか?」 地球の宇宙船にしか乗ったことの無い三人は、宇宙人の宇宙船に軽いカルチャーショ ックを受けた。 <<キャプテン、この宇宙船は大型戦闘艇です。長さ300メートル、横幅90メート ル。戦闘員100人が乗り込めます。攻撃能力は惑星をも破壊する最終兵器を搭載した 最強の戦闘艇です>> 「そうか、最終兵器とは嫌な話を聞いた」 キャプテンは顔を顰めた。 <<キャプテン、キャプテンは戦いが嫌いですか?>> 「ああ、嫌いだ。ところで、ベン、この部屋は?」 だだぴろい大きな部屋に相当数のソファーとテーブルが配置されていた。100人は ゆったり坐れそうである。そのテーブルの近くに宇宙人が5人うつ伏して、床に倒れて いた。 <<キャプテン、この部屋は兵士の食堂兼休息用のサロンになっています>> 「うん、宇宙人が死んでいる。だが、死んだ宇宙人でも恐いな」 キャプテンは逃げ腰で、うつ伏している宇宙人の顔を背中越しに覗きこんだ。 「ベン、宇宙人は15人乗っていたと言ったな、あとの10人はどこにいる?」 <<キャプテン、医務室に4人、ベットルームに6人が死んでいます>> 「そうか、他の部屋に移ろう。いくぞ」
<<キャプテン、このサロンの奥に厨房と司令官の個室がありますが、見ますか?>> 「そうだな、ちょっと覗いてみるか」 そして、厨房の機器を見てナオは微笑んだ。 「素晴らしい、あとで一つ一つゆっくりと見てみたいわ。ねえッ、アスカ?」 「うーん」 子どものアスカは厨房を一瞥して興味なさそうに言う。 「アスカはご馳走を食べる方がいいんだろう?」 「うーん」 両親を殺されたアスカは、大人の会話に溶け込めなかった。 「この部屋が司令官の部屋か」 キャプテンが扉を開けると、大きなテーブルに数台の端末装置みたいな機器が置いて あった。壁には3次元に投影された星屑が無数に光っていた。それは宇宙の一部なのか 宇宙全体なのか、キャプテンには分からなかった。その横に豪華な本棚があり、見たこ とのない文字の本が並んでいる。そして、奥にも扉があった。 「うん、なかなか立派なもんだ。ベン、他の部屋に移ろう」 キャプテンは目でナオとアスカを促した。そして、ベンの後にぞろぞろと続き、船首 に向かった。
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