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作品名:銀河を渡る船 第一部・帰還せず 作者:佐藤 神

第2回   2

「どうしてだ? どうせ死ぬんだ。病気なら直ぐに楽にしてやる」
 宇宙人は表情を変えずに光線銃を構える。
「まて、おまえには子どもはいないのか?」
「ああッ、おれには子どもはいないが、それがどうした?」
 せせら笑うかのように宇宙人がキャプテンを見た。
「おまえには慈悲の心がないのか? この子の病気を直せ。いやならこの場でおれを殺
せ」
 キャプテンは吐き捨てるように言う。
「おまえは宇宙船の操縦士だったな、司令官が最後に始末しろと言っていたが、この場
で殺してやろうか?」
 宇宙人は光線銃をキャプテンに向けて暫く、煩悶していた。
「なぜ、わたしが一番最後なんだ?」
 キャプテンは怪訝な顔で言う。
「さあな。俺には分からんよ」

 その時、キャプテンは病気の少女を抱き上げ、宇宙人の目の前に少女の顔を向けた。
「おい、よく見ろ、苦しそうだろう」
 キャプテンは少女の背中を軽く叩いた。
「ゴホッ、ゴホッ」
 少女は苦しそうに咳をする。
「面倒なやろうだな、いいだろう。無意味だが解熱剤をやろう。それでいいな?」
 キャプテンは項垂れている少女を横にいた若い女性に預け、直立不動の体勢をとり宇
宙人を見詰て最敬礼をした。
「勇敢な戦士に感謝する、ありがとう」
「ふんッ」
 キャプテンの行動がうっとおしかったのか、宇宙人はクスリをやることを、少し後悔
する表情を見せて拘置所を出て行った。

 三人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
「やったな、キャプテン。これでクスリがもらえる」
 初老の男が嬉しそうな顔で言う。
「ええッ、最後にクスリが手に入るだけましね」
 若い女性は髪を掻き揚げた。
「うん、それと全員殺されることの確認が取れた」
「何よ、キャプテンだけ助かる気でいたの?」
 微笑みながら若い女性は言う。
「いや、わたしだけ奴隷として操縦させられるのかと....」
 苦笑いしながらキャプテンは言った。

 暫くして、いつもの食料運搬用のロボットは拘置所の扉を開けて入って来た。
ロボットは部屋の三人を見回した。そして横になっている少女の前に進んで、手に持っ
た錠剤を差し出す。
 そのロボットの外見は、人間型アンドロイドではなく、宇宙人の宇宙船には不似合い
な旧式のロボットであった。身長は2メートル強、ドラム缶に頭と手足をつけたような
メタルチックなシンプルなロボットである。
<<これは解熱剤です。これを飲んでから水分を取って下さい>>
 ロボットの口から合成音が流暢に流れた。少女はか細い手で錠剤を受け取った。
「おおッ、このロボットは言葉が喋れるのか。それに宇宙人より上手だ」
 キャプテンは嬉しそうにすっとんきょうな声を上げ、ロボットを見詰る。
 少女が抗うことなく薬を飲んだのを確認して、ロボットは留置所を出ようとする。

「ロボット、質問がある」
 キャプテンがゆっくりと大きな声で言う。ロボットは歩くのを止めて、首を反転させ
てキャプテンを見る。
<<キャプテン、何でしょうか?>>
「うん、キャプテン? 誰もわたしのことをキャプテンと呼んでいないのに。やはり、
食事の時、われわれの話を聞いていたのか?」
<<キャプテン、聞いていました>>
「何で、今まで喋らなかったのだ?」
 キャプテンはロボットの顔を見詰る。
<<キャプテン、わたしの仕事は食事を運んだり、掃除をしたりする雑用係です。指示
された命令に従うだけです>>

「知能回路は無いのか?」
<<キャプテン、昆虫程度の粗末な知能しかありません>>
「そうか、もし宇宙人が死んだ場合、われわれに食料を届けてくれるのか?」
<<キャプテン、わたしは食事を届ける命令を受けていますから、届け続けます>>
「ありがとう、質問は終了する。ああー、君、君の名前はあるのか?」
<<キャプテン、わたしはベンジャミンV号と命名されています>>
「ベンか、いい名前だ。ありがとう、ベン」
 ロボットは静に拘置所を出て行く。
「へー、あのロボットは口が聞けるんだ。驚いたな」
 初老の男は目を大きくして、ロボットが出て行った扉を見詰ながら言った。
「うん、ロボットのベンを何とか味方にしたいものだ」

 その翌日、いつもなら宇宙人は二人で部屋に来るのだが、なぜか一人でふらふらしな
がら部屋にやって来た。よく見るとぜいぜいと苦しそうに肩で息をしている、いつもと
様子が違う。四人は不安そうに宇宙人を注意深く見詰た。
「おい、おまえ、出て来い」
 その宇宙人はゆっくと四人を見回して、初老の男を指さした。
「ああッ、やはりわしか」
 老人はそのまま立ち上がり、ふらつく宇宙人の後に肩を落として続く。そして、振り
返らず、右腕を上げて、大きく振り別れを告げた。
「ううーッ」
 若い女性は嗚咽を漏らした。
「うーん、効いていると思うんだがな?」
 キャプテンは囁くように言う。
「えッ、何か言った。キャプテン?」
 若い女性はキャプテンを見た。
「うん、昨日、宇宙人はアスカのウイルスに感染したと思う、それで宇宙人はふらつい
ているんだ。外見は気持ち悪くてもやつらは文明人、免疫のないウイルスは命取りだ」
「えーッ、ほんとうなの?」
 胡散臭そうに若い女性は、キャプテンを一瞥した。
「うん、自信はある。後でロボットが食事を運んで来たら尋ねてみよう。そうだ、アス
カ、昨日のクスリは効いたか?」
 キャプテンと若い女性はアスカの顔を覗き込んだ。
「うーん、汗が出て気分がよくなった」
 やつれたアスカの顔から笑みがこぼれた。
「ほんと、治ってよかった。でも三人きりになったわね」
 複雑な表情で若い女性はアスカの首の汗を拭いた。



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