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作品名:銀河を渡る船 第一部・帰還せず 作者:佐藤 神

最終回   12

「ねえッ、なに、楽しいことって。なに?」
 アスカは大きな目で興味深そうに聞く、アスカは地球に帰らず宇宙で暮らすことにな
り急に元気になった。
「うん、ベンの協力があれば、この宇宙船で快適な生活が送れる」
「ええッ、よくわからない?」
 アスカは甘えたような声で言う。

「うん、例えばだな」
 と、言ってキャプテンは紙にボールペンを暫く走らせていた。そして、その紙をベン
に見せる。
「ベン、このサロンの天井を真っ青な空にして、遠くに白い雲を浮かべてくれ。そして
中央にこの木をホログラムで投影してくれ」
 キャプテンはその紙の絵をベンに見せる。
<<キャプテン、幹の直径と全体の高さ、木の色と花の色を決めてください>>
「うん、幹の直径20センチ、高さは5メートル、木の色は濃い茶色、花は薄いピンク
で、お願いする」
<<キャプテン、了解しました>>
 その途端、サロンの10メートル上にある天井に真っ青な空と白い雲が投影された。
そして桜の花が咲いた。
「うーん、花弁がおかしいわ。ちょっと、紙とボールペンを貸して」
 ナオが不満そうにキャプテンから紙とボールペンを奪う。
「桜の花弁はハート型で、花弁は4枚じゃなくて5枚ね。そして、中心を黄色く...
.」
 ナオは満足した顔で、その桜の花弁の絵をベンに見せる。
<<ナオ、わかりました>>
 そして、生き生きとした美しい桜の花がサロンに咲いた。まるで、そよ風が吹けばい
まにも花弁が舞い散るようであった。

「すごーい、きれい」
 子どものアスカは、驚愕の表情で桜の木を見上げた。
「ああ、真っ青な空もいいもんだろう。アスカは何か欲しいものがあるか?」
 暫く桜の花に見とれていたアスカが首を傾げて言う。
「えー、わからない。あー、ハンバーグがいい」
 アスカは目をクリクリさせて言う。
「えッ、またハンバーグか。それじゃ、お子様ランチはどうだ。この宇宙船の食料倉庫
には何でも揃っているからな」
 キャプテンはアスカの目を見た。
「いいよ」
 嬉しそうにアスカはキャプテンを見上げる。
「ねーッ、キャプテン。お子様ランチなんて作ったことないわ」
 ナオは苦笑いした。
「ベン、この前のハンバーグは美味くできたけど、お子様ランチも出来るの?」
<<ナオ、わたしにはお子様ランチが分かりません>>

「でも、ベン。厨房はあるけど、宇宙人は食事を作らなかったみたいね?」
 ナオは訝った。
<<アスカ、その通りです。通常はビスケット型の宇宙食を食べることが義務付けられ
ています。ただし、この宇宙船が何らかの理由で他の星に不時着することを想定して、
自給自足ができるように圧縮した家畜の肉や卵、野菜、調味料。それに、穀類や野菜の
種も倉庫に保管されています>>

「そう、キャプテン。なんとか作ってみるわ」
 楽しそうにナオは言う。その横で、キャプテンが紙に何かを書いて、それをベンに見
せた。
<<キャプテン、大きさと色は?>>
「うん、大きさは20センチ、色は白と薄茶にしてくれ」
<<キャプテン、分かりました>>
「なに、なにが出るの?」
 アスカは興味津々で身を乗り出した。その目の前に子猫が姿を現した。
「あッ」
 息を呑んでアスカは、その子猫を凝視した。
「うん、思った以上に可愛い子猫だ。アスカ、子猫の名前はなんにする?」
 キャプテンは笑いながらアスカに言う。
「えーと、何にするかな。タマにする」
 アスカはタマを見詰て言う。
「よし、タマにしよう。タマの鳴き声を知っているかな?」
 と言って、キャプテンはアスカの肩を軽く触った。
「知っているよ、ニャーオと鳴くの。そうだよね、タマ!」
 アスカは小声で呼ぶ。
<<ニャーオッ>>
「ええッ、ホログラムが何で、鳴くんだ?」
 キャプテンは驚きの声を上げて、子猫を見つめた。
<<キャプテン、わたしが鳴きました>>
 ロボットのベンは申しわけなさそうに言った。
「そうか、それを聞いて安心したよ。でも、ベンもどんどん会話に割り込んでくれ」
 そう言いながらキャプテンはソファーに腰掛ける。

「ナオ、明日から空き部屋に穀類や野菜の種をまいて、トマトやジャガイモ、大根を作
ろうと思う。ベンに聞いたら2週間で食べられると言っていた」
「面白そうね、でも、それはわたしにやれせて。そうだ、アスカにも手伝わすわ。
 自分で作って、自分で料理して、自分で食べる。そうすれば、アスカも落ち込んでい
る時間が無いわ」
 ナオが微笑みながら言った。
「うん、それは名案だ。でも、わたしの仕事が無くなる」
 キャプテンは淋しそうに言う。
「キャプテンは、お風呂を作ってね。みんなが一緒に入れるぐらいの大きい風呂を」
 若い女性にしては恥じらいもなく、嬉しそうにナオは言う。
「風呂か、それもいいな。完成したらベンに頼んで、天井に満天の星をホログラムで投
影してもらおう。室温を少し下げ、そよ風を吹かせば野天風呂になるな」
「えーッ、ロマンチックだわ」
 ナオは腰をキャプテンに押し付けるようにして、キャプテンの横に密着して坐った。

「うん、真夏の太陽がギラギラした砂漠の野天風呂もいいな」
「ええ、遠くにキャラバン隊がいたりして」
「やっぱり、王道は渓谷の野天風呂かな」
「そうね、紅葉からのぞく月明かり、お酒は無いけどワインがあったわ」
 暫く煩悶していたキャプテンは自信ありげにナオを見詰る。
「思い切って、ホログラムに拘らないで、3Gの動画でもいいけどな」
「ええッ、どういうこと」
「うーん、ホログラムで動く人間が出せるなら、さくらの花弁を散らすこともできる」
「そうね、ベンに頼めば出来るわ」
「ああッ、何でもできる。小川の上に雪が積もっている。そして、青い空に太陽が輝
き、その雪を少しガッサと溶かし、小川のせせらぎと鳥の鳴き声が聞こえる。しばらく
して、雪が解けて、小川の水が流れ出す。小川の横の梅が咲きメジロが飛びまわる」

「キャプテンのシュチュエイションは日本の四季なの?」
 ナオはキャプテンの顔を覗く。
「うん、わたしのイメージだとそうなるな。桜、躑躅、紫陽花、向日葵、真昼の祭り、
そして夜になると、東京湾のレインボーブリッジの下から見上げる花火。わたしは屋形
船に乗っている」
「えーッ、でも誰がベンに説明するの。わたしは生け花のほうがいいわ」
「いいや、銭湯に描かれている富士山の絵が、一番シンプルでいい」
「でも、マンネリしないために、毎日変えてもいいんじゃないの?」
 と、言ってナオは近くのアスカを見詰た。
「アスカはタマに夢中ね?」
「うん、ほんとうはベンに頼んで、アンドロイドの子猫を作ってもらってもいいんだ
が、アスカの興味が子猫にばかりいくと、ほかのものに関心が薄れる。
 アスカは全てのものに興味を示し、それを受け入れないと宇宙では生きていけないだ
ろう。アスカの心の傷を癒すのは、ホログラムのタマでいいだろう」
「そうね」
 ナオの華奢な手がキャプテンの大きな手に添えられた。
 そして、大人びたアスカの顔が無邪気な子どもの顔に戻り、子猫の顔を嬉しそうに見
詰ていた。

 柱の横からロボットのベンが三人を覗いている。ベンの予知能力は半年後の出来事を
予知していた。盛者必衰は世の倣い、ベンは以前からデスラカン帝国に見切りをつけて
いた。キャプテンは文明人にほど遠いが、ベンは最終兵器の番人としてキャプテンの獅
子奮迅の活躍を夢見ていた。







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