「おい、おまえ、出て来い」 言語変換機を介して、低く響くような声が聞こえる。 「やめてくれ、おれを食ってもうまくないぞ」 睨まれた男は、拒絶することもできず、ただ怯えた目で、宇宙人を見詰る。 戦闘服で防御した二人の大柄な宇宙人が、その男の腕を乱暴に掴み引きずり出した。 「待ってくれ、金なら出す」 男は連行されたくないのか、両足を扉に引っかけて抵抗する。しかし宇宙人は男の腕 を無理やり捻り上げ、拘置所から出て行く。 「やめろ、はなせこの宇宙人。ばかやろう、殺すぞ....」 悪態をつく声がしだいに遠のく。残された者も恐くて、声もなく耐えるだけだった。 「ああッ、いつ見ても凶々しい嫌な光景だ。次は誰の番なんだ?」 拘置所に残った初老の男は、力なく小さな声で呟いた。 「ええ、たまらないわ。宇宙船が宇宙人に襲われて、運よくわたしたちだけが捕虜で生 き延びたと思っていたら、毎日一人ずつ彼らの食料にされるなんて、悍ましくて目眩が するわ」 中年の肉付きのいい女性が恐怖で歪んだ顔で言う。 「まったくだ、ついに五人だけになちゃまったな」 初老の男はとりあえず、命が助かりほっとした表情で四人の顔を見た。 「こんな小さな子まで食おうとは宇宙人も冷酷だな。えーッ、そうじゃないかい、キャ プテン?」 初老の男は、あきらめ顔で操縦服を着たキャプテンの目を見詰る。 「うん、宇宙人は存在するとは思っていたが、まさかわたしが宇宙人の餌になるとは思 わなかった」 「うーん、でも、おねえちゃんは偉いな、泣かないで」 初老の男は少女の頭を軽く撫でる。 「ママもパパも死んじゃったから、泣いてもしょうがない」 その少女は虚ろな目で、部屋の壁を見詰た。慰めるように横にいた若い女性が少女の 震える小さな手を優しく握る。そして、若い女性の手の温もりがその震えを止めた。 泣くまいと我慢していた少女の頬に大粒の涙がつたわり、やるせない空気が漂った。少 女は小さな肩を震わせ、必死で嗚咽を堪えていた。 「いいのよ、泣いても。誰も怒らないわ」 若い女性は囁いて、少女の体を抱きしめた。
翌日も宇宙人は拘置所にやって来た。 五人は凍りついたように身動きが取れなかった。 「おい、おまえ、出て来い」 痺れるような低い声が聞こえた。 「やめて、わたしは病気よ、食べると病原菌で死ぬわよ」 腕を掴まれた中年の肉付きのいい女性の唇がわなわなと震えている。しかも腰が抜け たのか立てなかった。そして、無理やり宇宙人に太い両腕を引っぱられ、スカートが捲 れ上がった。大根のような太い足をバタつかせ抵抗するが、宇宙人に難なく引き摺られ た。 「ああー、みなさん、さようなら。うーッ」 中年の女性は嗚咽を漏らしながら、最後の別れを告げる。しかし、残された四人はそ の女性にかける言葉もなく、堪らず顔を背けた。 暫くして。 「うーん、ついに四人になったか、明日はわしの番かな」 初老の男は声を詰まらせながら力なく項垂れた。 「うん、残念だが四日後には、全員このまま死ぬ事になるな」 キャプテンは無念そうに、力なく言う。 「あら、アスカちゃん、どうしたの?」 その時、若い女性は少女の肩を揺する。 「うーん、なんだか気分が悪いの」 消え入りそうな声で少女が言う。 「まずいわ、熱がある」 若い女性は心配そうに言うと少女の額から掌を離した。
「おいッ、キャプテン、どうしたものかな。どうせ四日後には全員死ぬ運命だが?」 初老の男は心配そうにキャプテンに声をかける。 「うん、われわれじゃどうしようもない。思い切って宇宙人に頼んでみよう」 「ええッ! なんですって、頼む? 手当てなどしてくれるわけがないじゃない、直ぐ にアスカちゃんが殺されるわ。キャプテン、少し無責任じゃないの?」 憤怒した表情で若い女性はキャプテンを睨んだ。 「うん、それもそうだな。だが、どうせ死ぬんだ、一度ぐらい宇宙人と交渉をしてみた い。どうしても反対か?」 若い女性と初老の男、そして少女の三人は黙ったまま返事をしなかった。 「そうか反対か」 キャプテンは少女に憐憫の情を抱いていた。たとえ四日後に全員死のうが最後に少女 の笑顔が見たかった。 暫くして、少女はわずかに口ごもった。それから、小さい声で言った。 「こうしょうってなにを?」 熱のせいかその少女は色白の頬を赤くして、潤んだ目でキャプテンを見る。 「うん、熱を下げるクスリを下さいと、宇宙人に頼むんだ。だが病人と分かれば殺され るかもしれない。しかし、運がよければ薬をくれるかもしれない」 キャプテンも半信半疑だったが淡い希望を捨てなかった。 「じゃ、こうしょうして」 言葉とは裏腹にあきらめているような口調で少女は言った。 「そうか、他の二人は反対か?」 キャプテンは二人の顔を見た。 「うーん、本人がそう言うんならいいんじゃないか、わしは反対せんよ」 「わたしも」 「よし、交渉する」
キャプテンは拘置所の扉の前で仁王立ちになり、大きく息を吸った。そして意を喫し て、扉を激しく叩き大声で叫んだ。 「おーい、子どもが熱を出した、熱を下げるクスリをくれ」 キャプテンは扉を揺すった。しかし、返事はなかった。何度も、何度もキャプテンは 扉を叩いて大声で叫ぶ。 「うるさいぞ。さわぐな」 扉の小さな覗き窓から宇宙人の目が睨んだ。 「子どもが熱を出した、熱を下げるクスリをくれ」 直ぐに扉が開いて、屈強な宇宙人は光線銃も抜かず無警戒に入ってきた。 「おい、その子どもの後ろに並べ、おまえたちは死刑囚の身だ。病気になり死んでも関 係ない。どうせ死ぬんだからな」 その宇宙人は今までの宇宙人とは違い、戦闘服を着ていなかった。そのため素顔を晒 している。顔の肌は鬱血したような陰湿な気持ち悪い肌である。それに頭はスキンヘッ ドで狡猾そうな目が恐ろしかった。 それを見てキャプテンも一瞬躊躇する。 「こ、子どもにクスリを」 宇宙人は無造作に腰の光線銃を抜く。 「まて、うつな」 キャプテンは両手を広げて子どもの前に立った。
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