頂上からは岐阜の街が一望できた。 「ここから、岐阜の街を見るのは、高校の合格発表が終わって、部活のみんなと来て以来かな」 それは僕も同じだった。 「そんな思い出も同じなんだね。僕も部活の連中と一緒に来たよ。でもそこにYoはいなかったよ」 「私達の中にもコウちゃんはいなかった」 彼女は、あっちが家のある方だよねと、南の方を指差した。 そして、西の方へ指を移動して、何かを思い出したように話始めた。 「あれが、井口高校だ。そして忠節橋を渡って北高、その隣が県立商業、SAYAKAがいた高校。一年の時、雨で自転車は止めて、バスで行こうとしたのよ。でも駅前からどのバスに乗っていいかわからなくて、あっ、あの人同じ高校のバック持ってると思ってついていったの。裁判所を越えたところで堤防の方に向かっちゃって、やばい、違うよって。たぶん北高の人だったんだろうな」 「同じだよ、それ。高校に入って一ヶ月ぐらいしてからじゃない?それ以来雨の日でも絶対にバスに乗らなかった。母さんに特注のカッパ作ってもらって、ずっと自転車で通ったんだ」 Yoも「同じだね」って笑い出し、何故か二人とも笑いが止まらなくなった。 Yoは目から涙を流すくらいに受けたみたいだった。 「ねぇ、井口高校に行きたい。陸上部の皆に会いたい。どうせ向こうはYoのこと知らないだろうけど」 僕は、あれ以来、高校へバスで行くのはトラウマみたいになっていて 「バスで?」と聞いてしまった。 Yoも同じように感じていたようだった。 「ここからはロープウェイで降りて、後は歩いて行こ。そこの長良橋から金華橋を越えて忠節橋まで行けばもううちの高校のテリトリだよ」 堤防沿いに二人で川を眺めながら、時折川原に下りて、小石を投げたり、ゆっくり、ゆっくり歩いた。そんなふうに二人で歩くのが無性に楽しかった。
「ここを折り返しに走るマラソンは辛かったのよ。私長い距離大嫌い」 忠節橋を越えたところで、Yoが思い出したように言った。 僕は長い距離を走るのもそれほど嫌いではない。千五百だって四分二十秒がベストで、実は大学の長距離パートから駅伝練習に参加しないかと誘われているくらいだった。 「そうなんだ。僕はそうでもない。中学では駅伝に出たりしてるよ。違うこともあるんだ」 「そうなの?そんなこともあるのね」不思議ねという顔でYoは言った。
学校の近くまで来たところで「なつかしいね。ここで凧上げしたんだよね、文化祭の時」そういってYoは川原に駆け下りていった。
「山下先輩」 堤防から川原のYoを眺めている僕を、目ざとく見つけ、後輩の山田が声をかけてきた。山田は中学の後輩でもある。 「一緒にいるひとは彼女ですか。いいなぁ、あのひと絶対に陸上やってますよね。名和大陸上部のひとですか?大学では交際公認ですか」 うらやましいという顔で山田が言った。井口高校陸上部では男女交際は公には禁止されていた。 「あれは公私のけじめをつけろ、節度を守れってことだろ、クラブの外でまで交際を禁じてるわけじゃないよ。俺はそれは大学でも同じだと思っているけどね」 「あら、山田君、こんにちは」川原から戻ったYoが、後輩の山田に声をかけた。 初対面の女性に親しげに挨拶され戸惑う山田を見て、Yoは、しまったという顔になった。 「山田、ジョークだよ、ジョーク」 「でもなんで僕が山田って判ったんですか?」山田は怪訝な顔をした。 Yoは「さっき山下君がそう呼んでたの聞こえたから」と適当に答えた。 「そうですか。僕はまた超能力かと思いましたよ」 なんとなく山田も納得したという顔で、「おい、山下先輩が彼女連れて来てるぞ」そう言ってグランドに降りていった。 グランドからは顔見知りの後輩達がまちまちに「山下先輩こんにちは」と手を振りながら、何事かささやきあっていた。おそらく隣に居るYoのことをあれこれうわさしているのだろう。 「俺はすぐひきあげるよ、練習の邪魔しちゃ悪いからな。練習続けてくれ」
しばらく、二人はグランドでスタート練習を繰り返す女子部員を眺めた。 「ねぇ、彼女たち走りが変わったよ。なんか安定しているって言うか」 「えっ、そうかな。俺が教えた通り走ってるいると思うけど」 「そうか、コウちゃんが教えたんだ。私は彼女たちをひたすら走らせてきただけだったから」 「走り方ってのがあるじゃない。スタート、中間、後半、ラスト。それぞれ使う筋肉も違うんだよ」 「そうなの?私はただがむしゃらに走ってるだけ」 「それで十一秒台か。素質だな」 「ねえコウちゃん。コウちゃんの走り、私にも教えてよ」
陽子はこの世界で暮らしていくことを考えなければいけないのかもしれないと思いはじめていた。 そういった気持ちを忘れるためにも今は思い切り走ってみたい。そういうことなのだろうと僕は思った。
僕はYoに愛知県選手権に出てみないかと勧めてみた。愛知県選手権は東海五県の中では一番最後、八月初旬に開催される。今年の大会は次の日曜に迫り、申し込みは既に終わっていたが、陸上部で同期の梓が先日の国公立で脚を傷め、大事をとって棄権することにしたため、そのレーンが空いている。梓として出場してもいいが、ばれたらちょっとまずい。インカレの時顔見知りになった愛知県陸協の人に頼んでみようと思った。
学連登録証から愛知県登録は問題無く受了された。県連にかけあい、なんとか梓の代わりに県選手権予選はオープンで第一シードの選手の組で走ることが許された。そこで好タイムの二位以内で通過すれば準決勝進出を許可するという約束を取り付けることが出来た。
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