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作品名:君がいた夏 〜思い出に君を置く〜 作者:全充

第8回   やすらぎ
「この服はね、大学時代おねえちゃんのお気に入りだったんだよ。お盆に帰ってきた時にもらう約束にしてたの」
 そういって選んだものを手にして、彼女は嬉しそうに身体にあてがい、姿見に映して御満悦だった。
「コウちゃん、すこしの間外してくれる、着替えるから」
 僕は、そんな声をかけられて初めて、Yoが嬉しそうに服を選んでいるのをずっと見ていたことに気が付いた。
「じゃぁ、応接でお茶でも飲んでるから、着替え終わったらおいでよ」そう言って姉の部屋を出た。

 浩子さんに煎れてもらったコーヒーを飲みながら、浩子さんにYoのことを説明した。もちろん別の世界から来たなんて説明でなく、予めYoと打ち合わせた通り、Yoが陸上部で一番仲が良いという梓の出身地を借りて、滋賀県の大津出身で、僕とは下宿が近いため、今回の小火の時も僕が最初に駆けつけた関係もあって、今回姉さんに相談したんですなんていうふうに話した。
 浩子さんは肯きながら聞いてくれていたが
「コウちゃん、陽子さんのことちゃんと守ってあげないとね。彼女元気そうに振る舞ってるけれど、なんとなくこころの不安を押さえつけているって感じがするの。小火がよほどショックだったのかもしれないけれどね。で、今コウちゃんの下宿に一緒にいるのよね。私は親ではないけれど、一応あなたのお母さんから頼まれている手前ね、保護者みたいなものでしょ。コウちゃん彼女に変なことしちゃだめよ」そんな風に注意をされてしまった。
「判ってるよ。彼女はシュラフ持ってるし、ちゃんと別の部屋で寝てもらっているから。それにまだ彼女なんて仲じゃないから」
 そんな言い訳のようなことを言っている時、彼女が応接に顔を出した。

「コウちゃん、あっ、いや、いけない、浩子さんお待たせしました」そう言って入ってきた。
 その時僕は少し化粧をしているYoを初めて見た。出会ってからいつもスッピンのYoしか見ていなかったから、化粧をしてちゃんとした洋服を着ると意外に大人の女性に見え、何かすごく不思議な感じがした。
「あら、さっきまでとまったく感じが違っちゃたのね。でも似合うわ。そうしていると由紀さんと感じが似ているのね」
 姉はショートカットが似合うスタイルで、彼女が選んだ服も彼女のシュートヘアに映え、すごく似合っていた。
 浩子さんに誉められ、Yoはまんざらでもない顔をした。
 僕も思わず、また余計なことを口走った。
「意外に似合うじゃない。姉さんはもの静かな感じなんでどうかと思ったんだけど」
 すかさず、Yoも地を出して答えた。
「ふん!どうせ私は、はねっかえりですよ。でもちゃんとすれば、こんなもんよ」
 浩子さんは、黙って二人の会話を楽しそうに聞いていた。

 浩子さんが「私は用事があるから、ごゆっくり」といって出て行くと、Yoがまた突拍子もない事を口にした。
「ねえ、デートしようよ。私の初デートはこれを着てって決めてたんだ」
 僕は決めていたって言葉に少しうろたえた。
「初デートって、そんな予定あったの?」
 僕の胸は何ともいえない痛みに襲われた。
「えっ?ないよ、そんなもん。ただそういう風に決めていただけだよ」
「ほんとうに?」
「ほんとうよ。予定があったら...」
 彼女はちょっと感傷的な顔に変わった。
「えーいっ、くよくよしたって、なるようにしかならないのよ。とにかく今日はこれを着てコウちゃんとデートするの。いいでしょ」
 僕は内心うれしくて、でもそんな気持ちを隠して「いいよ」と答えた。



 僕たちはこのあたりで初デートといえば定番の岐阜公園に行くことにした。初詣の時賑わう稲葉神社も近くにあり、金華山の裾野に位置して市内なのに自然に恵まれていて、心休まるし、博物館も公園内にあり、僕としてはお気に入りの場所でもある。それはYoも同じだった。
「ここにくると安心するというか、ほっとするね。酸素は濃いし」
 Yoはうれしくてしょうがないって感じで、はねるように歩いていた。
 公園内の孔雀や、ハトを目で追いながら、二人はあてもなくただ歩いた。
 名和昆虫博物館の脇を過ぎたあたりでYoが岐阜城にも行ってみたいと言い出した。
「ねえ、金華山、歩いて登ろうよ。一時間ちょっとでしょ」
 山道をゆっくり登れば、自然が自分達をを包み込んでくれる。Yoは自然に身をまかせると、なにもかも忘れることができるからと言った。


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