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作品名:君がいた夏 〜思い出に君を置く〜 作者:全充

第6回   ある風景
 マスタが今日はおごりだといって野菜たっぶりのポトフを作ってくれた。僕たちは昨夜からまともに食事をしていなかった。
「光一君どうしてトマト食べないの。それにピーマンも。だから上半身が貧弱なんだ」
 僕の食べかたを観察していた彼女が、とうとう我慢できなくなったって感じでしゃべりだした。
「あなたね、スポーツをやっているんだから、もう少し栄養バランスに気を使いなさいよ。だいたい肉を食べてりゃ良いってものじゃないのよ。野菜は蛋白質の吸収を促進するの。そして色々な色の野菜を摂る。そういう意味でもトマトやピーマンは重要なのよ。ブロッコリーは野菜繊維が豊富なの。そういうこと...そうか、習ってないのよね、男子は。高校で家庭科やらないでしょ。だからだめなのよね」
 また彼女の機関銃乱射が始まった。

 マスタの奥さんが微笑みながらテーブルに近づき、マスタに向かって
「何か、愛明君と祐子さんを見ているようね」と話をふって、昔を懐かしむ顔つきになった。
 マスタも「そだな、あいつはいつも祐子ちゃんに、そうやって怒られてたな。昨日は久しぶりに愛明や由美ちゃんに会えて、その後、この二人のこの会話だ。何かの縁かね」そう言って感慨深げな顔をしていた。

 愛明に由美?僕は聞き知った名前に思わず反応した。彼女も同じらしく、二人同時に
「愛明って中田愛明さんで、由美って木村由美さんのことですか?」
 とマスタに向かって聞いていた。
「ああ、光一君の先輩の中田愛明だよ。そうか陽子さんの世界でも愛明は先輩か」
 マスタがカウンタ越しに答えた。
 マスタが「昨日ひさしぶりに」と言っていたことに気が付き
「昨日、中田さんや木村さんがここに来たんですか」と僕はマスタに聞き返した。
「おお、そうだった。昨日君たちが入ってきた時、そこのテーブルにいたんだよ」マスタは思い出したようにそう答えた。

 そして再び僕たちは二人同時に「えぇっ!どうして教えてくれなかったんですか」と叫んでいた。
「ごめん、ごめん、あの時は、陽子さんの剣幕に圧倒されて、二人と愛明が結びつかなかったんだよ。それにそんな雰囲気じゃなかったし」
 マスタは申し訳なさそうに答えた。
「中田さんも木村さんも、中学、高校、大学の先輩なんですよ」
 こんどは彼女が残念そうに話した。
「そうなの、とても縁が深いのね。帰り際に光一君に優しく声をかけてくれたのが由美さんよ」
 マスタの奥さんが優しく教えてくれた。
 僕は覚えていた。
「あの時、僕に声をかけていった女性が」
「えーっ、そんなことがあったの。私ずっとうつっぷしてたからな。残念だな」
 そういえば、もう一人若い女性が一緒だった。
「もう一人いましたよね。僕は二人の娘さんだと思っていたんだけど」
「あの三人は、祐子さんのお墓参りの帰りに、ここに寄ってくれたの。彼女は由美さんの従姉の娘さんで、確か栗原真理さんって。走り高跳びをやっているって話だったわ。光一君知らない?」
 マスタの奥さんが話し終わると同時に彼女が先に答えた。
「私知ってる。十年ぐらい前インターハイで優勝した女性だ。でもどうして一緒だったんですか?」
「なんでも祐子さんが亡くなる前に同じ病院で産まれたんですって、彼女は」
 そう、その祐子さんって女性と中田さんの話から始まったんだった。
「その祐子さんって女性は、中田さんの彼女だったんですか?」と僕は話を戻した。
「ああ、今君たちが座っているその角の席が指定席で、先ほどの君達二人みたいに、うらやましいくらいに仲が良かったよ」
 彼女はそう言われて、真っ赤な顔になりながら、今日から野菜づけだと僕ををおどしながら言った。
「光一君、ごはんと味噌汁ぐらい作れるよね。そちらはあなたの担当よ」


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