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作品名:君がいた夏 〜思い出に君を置く〜 作者:全充

第4回   陽子と光一
 とりあえず宿の心配が無くなって安心したのか、彼女は歩きながらゆっくり話始めた。
「そういえば自己紹介まだだったね。私の名前は、山下陽子。名和大学理学部一年、クラス番号五十一。陸上部で短距離やってます。あなたは?」
 まあ、次から次へと、驚かせてくれる娘だと思った。
「驚いたな。ほとんど同じだ。名前を除いてね。僕の名前は、山下光一。名和大学理学部一年、クラス番号五十一。陸上部で短距離やっています。ほらね」
 それを聞いて彼女は立ち止まり、ポカンと口をあけたまま僕の顔を見ていた。
「なに、それ。本当に名前以外全部一緒じゃない」
「だろ。でもやっぱり僕は君を知らない。陸上部に山下陽子なんて娘はいないし、理学部一年の五十一クラスにも」
「それはこちらも同じよ。私のクラスに山下光一なんて男性はいなかった。陸上部にも。私は先週大阪で開かれた国公立の女子百mで十一秒八九で優勝したの。あなたも大阪に行ったんだよね」
「ああ行ったよ。僕はそんなすごい成績じゃなかったけどね。百mでは決勝に残っただけ。十秒九九で八位。でも初めて十一秒を切ったんだけど」
 もう夜の十時だという事も忘れ、彼女が先にクスっと笑いはじけると、お互いの顔を見合わせて二人は大声で笑い出していた。
「静かにしないとやばいね」彼女が先に我に返り、「あなたの下宿でゆっくり話そ」そう言って僕を先に行くように促した。
「何か私はこの世界の人間じゃないのかな」また小さい声でつぶやいた。
 僕もそう思いはじめていた。
「どうもそう考えるしか無いのかも。君を知っている人は居そうもないみたいだし。でも君は確実に存在している。それは間違いない」
 でもそれっていったいどういうことなんだろう。それ以来二人は黙って僕の下宿に向かった。
「ねえ、どうも私の下宿と同じ方向に歩いているみたいなんだけど」そう彼女は切り出した。
「あの角にある一軒家だけど」僕は自分の下宿を指差した。
 彼女は驚いた顔で、スポーツバックから鍵を取りだし、玄関の前まで進み鍵穴に差し込んだ。
「私の下宿もここだったの」彼女は玄関の鍵を開け、扉を開けると振り向いてそう叫んだ。
 まいった。僕はもう考えるのもいやになった。どうしてこうも次から次へと訳のわからない事が僕に降りかかって来るんだ。今度は僕の下宿が彼女の下宿だって?勘弁してくれ。
「君の下宿ってここだったの」
 すかさず彼女がたたみかけてきた。
「あなたの下宿だったんだ。一昨日鍵を開けて私の部屋に入った瞬間、私は泥棒が入ったのかと思ったのよ。表札は西条で合ってるんだけど、部屋の雰囲気がが全然違っていて、でもすぐ泥棒が入ったのではない、何かが違う、ここに入っちゃいけないと思った。悪戯にしては手が込みすぎだし、実際そんなことされる理由が無いものね」
 とにかく外で話しているのは変だからと思い、彼女に中に入るように勧めた。
 僕は彼女を応接に案内し、自分の部屋で着替えながら、何故表札が西条なのかを説明した。
「西条ってのは、おふくろの実家の姓で、ここはおふくろの兄の息子、つまり僕の従兄夫婦の住まいなんだ。転勤で留守にするのも何だからって、僕を住まわせてくれているんだ。君はどうしてここの家に?」
 そう聞き返した時だった、応接から、ドスンという音と共にバサッというソファーに倒れ込むような音が聞こえてきた。僕は驚いて応接の扉を開けると、彼女はスポーツバックから写真ケースを取り出し、僕に差し出しながら、ショーケースの上に置いてある写真立てを指差した。
 僕は写真ケースの写真を見て唖然とした。そこには僕の家族と彼女が映っていた。当然僕の姿は映っていない。それはショーケースの上に置いてある写真の僕と彼女を入れ替えたものと同じものだった。


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