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作品名:君がいた夏 〜思い出に君を置く〜 作者:全充

第19回   十七 清宮光一
 清宮光一はいつものように、祇園にある置屋『清宮』の門をくぐろうとした。
 後ろから聞きなれた女性の声に呼び止められた。
「どなたはんどす。うちになんかご用どすか?」
 光一が声に振り向くと、妹の詩音が訝しげな目で自分を見つめていた。
「なんや詩音か。なに冗談いうとんのや」
「あんさんこそ御冗談を。それにわては詩音と違います。あ〜っ、あれ?ややわ、ひょっとしてストーカってお人?詩音をねろうてはる男はんは多おすからな」
 光一が頭を小突こうと手を出すと
「あーっ、痴漢!さわらんといておくれやす」と大声で叫んだ。
 その時、涼やかな声が響いた。
「琴音さん、どないしはったん。おもてでえらい大声で。はずかしい」
 妹を琴音と呼ぶ声の主に向かい妹は答えた。
「詩音。ほやかて、こん人、家ん中覗いてはってんよ。それに、うちに触ろうとしてん」
 声の主は芸奴の姿をしてはいたが、陽子に間違いなかった。
「なんや、陽子さん来とったんか。何?芸妓のまねごとして。名前まで詩音やなんて、冗談きついわ。びっくりカメラかなんかのつもりぃか?これぐらいじゃぁだまされへんよ」
 光一は、陽子が遊びに来ていて、詩音と一緒になって自分にいたずらをしているのだと思った。
「陽子さん、その姿、結構におうてるわ」
 しかし、前に立つ二人は、(なんこん人、けったいなこと言うてはる。あんさん、なんか勘違いしてはりまへんか)そんな顔をして互いに首を傾げ、光一に返す言葉もなく、そろって光一を見つめた。
 光一も妙な雰囲気に次の言葉を出せないでいた。
 沈黙を破ったのは陽子だった。
「あんさん、大丈夫どすか。どこかで頭でもうちはりました?おかしいおすえ」
 妹も同じように「ほんま、大丈夫どすか。おかしいわぁ」と言った。
「もうええわ。やめようや」
 光一は降参という感じで、両手を上げた。

 そのときふと陽子から聞いた言葉が光一の頭をよぎった。

『あなたにとっては知ってる人でも向こうはあなたを知らない、そんな別の世界があるの。あなあたはそんな世界に行くことになると思う』

(まさか。だいたい、いったい何時どうやって?大学からここまでの間に何も変わった事は無かった。いつもの道を通り、ここまで普通に歩いてきた)

 詩音が声をかけた。
「あんさん何かありましたんか。
 外ではなんどす。琴音はん、中にお入りいただきまひょ。かましまへんやろ、悪いおひとには見えへんし」

 光一は釈然としないながら『清宮』の門をくぐり、いつものように女将のいる奥部屋に向かった。そして陽子の言葉を思い出していた。
(それは突然やってくるの。自分では世界の交代に気がつかないかもしれない。わたしの場合がそうだったの)

 詩音と琴音はともに光一の後を追いながら不思議そうに顔を見あわしていた。(こん人、えらい家ん中詳しいわ。まるで自分の家のようや)二人とも心の中でそう思っていた。

 光一は女将の顔を見たので、思わず「ただいま」といって、いつものようの女将の座るちゃぶ台の前に腰をおろした。
 女将は二人のお客さんと思い琴音に「ただいまやなんて、けったいなおひとやなあ。どちらはん」とたずね、席を立った。琴音は奥に消える詩音に同意を求めるように「それが、うちにもさっぱりわからんのどす」そういって女将が今まで座っていた場所に腰を下ろした。
 琴音の対面に座る光一にお茶を出し、詩音も琴音の横に座った。

 光一は、大学の剣道場で仲間と別れてからのことを考えていた。
 今日は鞍馬の実家、尚武館に戻るため独り先に練習を終え、夏の日差しで道場に差し込む夕日がやけにまぶしいと感じながら着替えをすまし道場を後にした。早朝練習のため朝は妹と話をすることができず、黙って留守にしては心配すると思い、留守にすることを伝えてから実家に向かおうと『清宮』に立ち寄ったのだった。

 光一は「ふうぅ」と漠とした思いを吐き出すように
「やっぱり別の世界に来てしまったということなんかなぁ」とつぶやいた。
 琴音はきょとんとした顔で聞き流した。
 詩音が口を開いた。
「あんさん、別の世界やなんて、やっぱりどっかで頭でも打ちはったんと違いますか?」
 光一は、とんでもない、と頭を横に振り、弁解するように話した。
「気は確かだよ。ただちょっと思い当たることがあるんや。でもあんたらには説明してもわからんやろな」
「本気で言うたん違います。それにしても、あんさん、うちんなか、よう知ってはりますなぁ。さっきこん奥まで独りできはりましたもんなぁ。不思議に思うて見てましたんえ。思い当たるってなんのことどすの?」
 光一は自分の住んでいた家だからあたりまえだと思いながら答えた。
「僕は大学に通うためここに下宿してるんや。いや、していたと言うべきかなのかなぁ。どうもここは違う世界のようや。さっきもおかあさんは僕をあんたらの知り合いぐらいに思っていたやろ」
 琴音が突然思い出したとばかりに膝をたたき口を開いた。
「そういえば、さっき、うちのこと詩音って呼びはりましたな」
「そうや君は僕の妹で、名前は詩音。琴音やない。詩音っていうんは『清宮』の後継者に付けられた名前や」
 二人は、不思議だという顔でお互いうなずいた後、詩音が言った。
「確かに詩音という名前は、ここの後継者のために用意されたもんどす。最初うちが後継としてここに入りましてん。でもうちは大学に行きとうなって、後継んことは妹の琴音に無理ゆうてお願いしたんどす。ところで、あんさんのいわはる世界にはうちはおらんへんのどすか」
 光一もそこのところを不思議に思い、詩音に聞いた。
「あなたは、詩音、いやここでは琴音やったな、琴音の姉?」
「なにをあたりまえんこと」と詩音は答えた。
 光一は話を続けた。
「ということは君と僕は同一人物かもしれない」
「またけったいなことおっしゃりはりますなぁ」
「そう思うやろ。でも同じような話しがあるんや」
「おなじような話?」詩音が鸚鵡返しに言った。光一は頷き話を続けた。
「二年前のことなんや」
 そういって、光一は陽子という女性が訪ねてきたこと、そして彼女の不思議な体験をかいつまんで説明した。
「彼女は僕がこの夏に別の世界、彼女が行った世界と同じや思うゆうとった、そこで僕とそっくりな男性に会う、さらにそこには自分に似た女性がいるんやないかって」
 そこで光一は詩音を見つめ話を続けた。
「彼女の名前は山下陽子、そして僕に似た男性の名前は山下光一ゆうらしい。出会うのは西京極で国公立の陸上競技大会前日かもしれんって。確かに今年の国公立の総合体育大会は京西大学が主催校や。長井が月末の土日に試合があるゆうとった。明日がその土曜日や」
 詩音がそれとなく聞いた。
「長井君って私の幼なじみの?」
 その言葉に光一は、そこだよと言わんばかりに、膝を乗り出して言った。
「そうや、長井のよっちゃんや。詩音さんにとっても幼なじみなんや?」
「なんか、うちとあんさん妙な関係みたいどすなぁ」
 その時、光一は先ほど詩音さんを陽子だと思った事に
「そうや、君は陽子さんに似てるんや。彼女は僕が山下光一っていう人に似てるゆうとったのと同じように。彼女に似た女性って君なんや」
しばらくの沈黙の後「彼女の方が美人どすか?」そういって詩音が笑った。
 その笑顔に山下陽子の笑顔が重なった。
「あっ、それや、その笑顔、笑った時の目なんかそっくりや。彼女はショートヘアで日に焼けて真っ黒やから君とは印象が違うとるけど」
「あんさんはその陽子さんゆうはる人と同じ世界の人やゆうことなんどすな。うちらとは違う。そやけど、あんさんはなんでこっちの世界に来てしもうたんやろう。それに彼女はどないして戻らはったんどす?」
 光一は、そこだよといわんばかりに詩音に向けて指を振りながら
「二年前、太陽にめずらしい黒点ができたんやて。一ヶ月以上に渡って存在しとったゆうことや。そして彼女がこちらの世界に来た時刻とその太陽黒点が出来た時間が同じやったらしい。彼女はその黒点が消滅すると専門家が予測した時間、同じ場所に立つことで戻ることが出来たゆうとった」
「今同じようなけったいな黒点が存在してるゆうことどすか?」
「そういうことかもしれない。そうであれば、僕はその黒点が消える時に僕の世界に戻ることができるちゅうことや」

「そやけど彼女はなんでそん場所がわからはったんどすか」
 光一は陽子から聞いた話を思い出すように顔をしかめ、何とか思い出したといった感じで答える。
「彼女は図書館にいて、本棚から本を一冊取り出した時なんとなく光につつまれた、その後本棚には同じ本がもう一冊あったことを思いだしたんやって。手に取った時は確かに一冊しかなかった。そやから同じ本がもう一冊あったゆうことはそこで別の世界と入れ替わったのやないかと」
「それで、その書棚の前で太陽黒点が消えるのを待ちはったん?」
「そうらしい」
「あなたは?わからへんの?」
 光一は、自分の今日の行動を振り返りながらゆっくりと答えた。
「道場で着替える前までは間違いなく自分の世界にいたと思う。皆と話をしていたときに違和感は無かったんや。道場を出て大学構内では人とすれ違ったけど、知り合いとすれ違うということも無く、ここまで歩いてきたんや。そこで詩音、いやこっちでは琴音やったな、琴音に声を掛けられたんや」
「彼女みたいに光に包まれたとか、違和感はなかったん?」
「覚えとらん。しいて言えば、道場から見た夕日がやけに眩しいと感じたことくらいや」
 そこで皆黙りこくり一時静寂に包み込まれた。詩音は聞いた話を理解しようと勤めているようであった。
 突然詩音が口を開いた。
「なるほどなぁ、剣道をやってはるんや。あたりまえどすか。あなたの実家も同じ鞍馬?ゆうこと?」
「そうや。そこで尚武館ていう剣道場を開いとる。今日はちょっと鞍馬に戻るつもりやったんや」
「そうどすか」
 詩音は何を思ったか、
「ほな、これからいっしょに実家に行きまへんか。どっちみち、いかはるつもりやったんなら」
 そう言って光一を真っ直ぐみつめた。光一は山下陽子に見つめられている時と同じだと感じた。


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