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作品名:君がいた夏 〜思い出に君を置く〜 作者:全充

第13回   東海選手権
 僕たちは伊勢駅前にあるビジネスホテルにチェックインを済ませ、五十鈴川の競技場に向かった。
 サブトラックで最後の調整を終え、予定通り伊勢の神宮に寄って帰ることにした。
 Yoが競技場から歩いて十五分ぐらいで行けることを競技場の人から聞き出した。
 十五分、往復三十分のウォーキング、クールダウンとして考えればちょうどいい運動量だと思った。
 神宮に向かう途中、その森の深さに驚いた。長い坂が続く参道を上りつめると全日本大学駅伝のテレビ中継でお馴染みのゴール地点への入り口が見えてきた。
 そこを左に折れ、このあたりが駅伝のゴールになるんだよねと話しながら、橋を渡り境内に入っていった。



 百m男子予選、十一秒をやっと切る程度ではお話にならない。予選は四組四着取りで準決勝進出だったのだけれど、結局十秒九五という二度目の十秒台で走ったものの五着で予選落ちだった。Yoは軽く流し十一秒九一で全体でも三番目のタイムで順決勝進出を決め、ゴール付近で僕の走りを見守ってくれていた。
「残念、あと少しすこしだったのに。後半は速かったよ。ていうか五十通過遅すぎ。いくら最後追い込んでもね」
 Yoはほめているんだか、けなしているんだか、そんな調子で二人分買い込んでおいてくれたのだろう、スポーツドリンクを渡してくれた。
「コウちゃん、このところ私に掛かり切りだったもんね。ありがとう。感謝してるよ。でも最近野菜もがまんして食べているから、もう少し身体ができたら、前半身体が安定して来るよ。楽しみ、楽しみ」
 Yoに比べるとまだ身体の線が細い。これからだよな、と自分をなぐさめながら、この後Yoが頑張れるようにサポートできる、なんて思っている自分がいるのを知っていた。
「Yo、マッサージしてやるよ。午後の決勝まで時間があるし、油断したら後半もっていかれるよ。身体を作っておかないと」

 今のYoなら後半もしっかり勝負になる。そう考えながら、Yoの脚の筋肉を入念にほぐしてやった。
「後半のことを考えて前半力むなよ」そんな声をかけたのに、Yoはすやすやと眠っていた。うらやましい神経だと思った。

 決勝はスタートの速い静岡の宮崎さんが隣のレーンだった。
 きっとスタートは良い勝負だろう。Yoは初めて前半並んで走ることになるかもしれない。そこでかたくなるなよ。そう言って送り出し、僕はゴール横の通路へ向かった。

 スタートはいつも通り、うらやましいほど抜群の速さだった。しかし隣五レーンの宮崎さんもYoに負けない飛び出しを見せ並走している。
 中間疾走でも互角の走りで差がつかない。普通、スタートで飛び出すタイプだと、ここまで並走されるとお互い走りにかたさが見られるところだが、今日のYoは落ち着いている。
 問題の後半四十m、Yoの走りはギアが一段上がったかのように、グンと宮崎さんを引き離しはじめた。いつものようにはスピードが落ちない。それどころか、宮崎さんが離れていくので、スピードが増したかのような錯覚を起こさせる。
 僕は第一コーナ脇でYoを見守り、腰の位置でこぶしを握り締め、思わず叫ぶ。
「Yo!ここからだ!」

 Yoは両手を挙げてゴールを駆け抜けた。
 その勢いのまま、拳を突き上げ、腕を上下させ、誇らしげに真っ直ぐ僕のほうに向かって駆けてきた。僕に近づきスピードを落とし、僕に跳びつき、身体ごと預けてきた。
 跳び込まれるとは思っていなかったので、Yoの身体をかろうじて受け止めると、そのままYoの身体をかばうようによろけて地面に倒れ込んだ。
 Yoは泣いていた。Yoの甘いにおいがぼくの鼻孔を刺激した。
「見せつけないでよ」そういって宮崎さんがYoに握手を求めてきた。
 Yoは「ごめんなさい、あまりにうれしくて」そういって、僕から離れ、宮崎さんの祝福に手を握りかえしていた。

 結局Yoは最後の三十mで宮崎さんを二m引き離した。十一秒五九。とんでもない記録だ。追い風は公認限界ぎりぎりの二m。太陽の女神がYoに味方してくれたのだと思った。


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