「それが、どうして夏休み後半の学生寮泊まり込み事件になるの?」 愛明は肝心なところをはぐらかして話を終わらせようとしたので、先に問い返した。 「しつこいね事件とは大げさでしょ」 「十分事件よ。さあ続きは?食事に誘ったのね」 愛明はしょうがないなと言う顔で続きを話し始めた。 「『とにお』に誘ったんだけどね」 「愛明、『とにお』好きね」 さっきまで食事していたレストラン「とにお」は昔、陸上部の先輩たちが伝説を残した曰く付きの店らしい。私はそれで?と促す。 「それでっていってもねぇ。普通に食事をしただけなんだけど」 「だから、どうして合宿の後も愛明は寮に居続けて、森本さんがあなたの食事を作るって話しになったのかってことよ」 「ああ、まだ覚えてたんだ」 愛明がそんなに知りたいですかって顔をしている。 まあそう言われればどうでもいいことかもしれないけど。そうだ、先程愛明はトマトとか平気で食べていた。 「愛明トマト平気になったの?さっき他にも野菜とか結構食べてたよね」 「平気じゃないね。今でもあれは人間の食べ物ではないと思うよ。特に生のトマトは。でも祐子が言うには、タンパク質の摂取には野菜も一緒に採ることが必要で、促進されるんだって」 「へぇ、さすが森本さん。私達とは考え方が違うね」 「そうだろ。昼を一緒に食べに行った時、俺がトマトを残そうとしたんだ。そうしたら」
*
「愛明君、せっかくのトマト残したりしちゃだめだよ」 「えぇっ、トマトおいしいって思え無いんだよね」 「そうぉ?でもこういうところで食べるとどうしても野菜類が不足するのよ。だから食べた方がいいんだけどな」 祐子はすこし考え込んでいたが、意を決したように訊ねてきた。 「ねえ、合宿の間食事はどうしているの?」 「適当に。朝昼は学食で、夜は『伊勝庵』かな。陸上部下宿生御用達の食堂」 「食事作りに来てあげようか。学生寮、炊事場もあるじゃない。あれ使っていいんでしょ。さっき女子が使ってた」 「ああ、あそこは隣の女子寮と共同だから、誰が使ってもいいみたいだけど」 「じゃあそうしようよ。愛明君もう少し筋力付けたほうがいいよ。痩せすぎ。その原因は食事の採り方にもあると思うな」 「だけど森本さんいつまでこっちに居るの?夏休みでしょ?」 「ずっと寮よ、だから遠慮しないで。実家だれもいないの。この冬おばあちゃんが亡くなって、私も寮生活になると父が独りぼっちになるなら俺は海外協力事業団に応募してアフリカに行くって言って、七月にアフリカに行っちゃったの。だから帰っても帰らなくても一緒。お盆にはちょっと帰るけど」 「そういうことなら、お言葉に甘えようかな」 祐子はまだ話終わっていないんだけどといって続けた。 「この合宿の後、愛明君はどうするの。練習は続けるんでしょ。大学にはこないの?」 一週間じゃあ体質変わるまでいかないから、お盆の後も夏休みの間ここに泊り込んで練習すればいいじゃない、その間に食生活を改善してあげるよと言ってくれた。 江上からは東海選手権に出るんだし、休みの間部屋を使ってもいいとは言ってもらっていた。
*
祐子が描いた愛明との軌跡はこうして始まった。
|
|