中学一年の春、私は父親の転勤のため愛明のいる中学に通うことになり、愛明と同じクラスになった。 小学校では合唱クラブにいたこともあって中学でも音学関係のクラブに入るか、母親のつきあで始めたんだけれども面白いと思ったバレーボールにするか迷ったが、『将来声楽をするなら若いうちにきっちり心肺機能を鍛えておくのもいいんじゃない』という音楽の先生の勧めもあってバレーボール部に籍を置くことにした。 当時は「アタックNo.1」とか「サインはV」といった人気少女スポーツ漫画の影響もあって、バレーボールの人気はすごく、中一女子の半数ちかくがバレーボール部希望なんて時代だった。 想像に難くなく、新入部員は当然ランニングと球拾いの毎日。さすがに飽きてくる。五月の声を聞くとともに一人かけ二人かけ別の部に移っていったが、どの部でも大歓迎で受け入れてくれた。 私も一年の間はそんなものだろうと割り切って練習に出る毎日を送っていたが、時々練習をさぼり近くの川原で歌っていた。愛明と初めて話をしたのはその川原だった。
その日も練習をさぼって歌っていた。歌い終わると草陰から拍手と同時に男子が顔を出し話しかけてきた。 「アンコールってやつだなこれは。以外だな歌うまいんだ」 誰もいないと思っていたので一瞬たじろいだけれど、相手が同じクラスの中田君とわかり安心した。 「中田君、あなた、ずっとそこで聞いていたの?」 それまで同じクラスだけどほとんど話をしたことは無かった。まあそもそも男子と話しをすることなんてほとんど無いんだけど。 「ああ、坂道ダッシュ十本終わって休憩中。綺麗な声だな。もう一曲歌ってよ。歌を聞きながら空を見ていたら歌声といっしょに空に吸いこまれそうになった。青く晴れ渡る空っていつまで見ていてもあきないんだよね。そう思わない?」 なんかとても運動部とは思えない細い身体で、言ってることもなんとなく変わってるなって思った。 「坂道ダッシュって?あなた何してるの?」 「ダッシュはダッシュであってダッシュ以外の何物でもないけど」 逆にあんた何が聞きたいのって顔している。私はあわてて聞きなおした。 「そうじゃなくて、一人で何してるのって聞いているの。野球部とかじゃないよね」 当たり前のこと聞くなって顔で、今度は胸をはって自慢げに 「ああ、幅跳びの練習だよ」 「幅跳びって、うちの学校陸上部ないよね」 「だから一人」 「クラブ入らないの?」 「俺、自分の身体以外を自由にあやつることなんて出来ないから、球技とか向いてないんだよね」 「そうなの?」 「木村さんこそクラブさぼっているように見えるけど、いいの?」 「なんかね、毎日球拾いでしょ。三年が抜けるまでは我慢の日々なのかな」 「だろ、その点いいよ陸上は、個人種目だから」 「いいのよ、私は将来歌手になりたいの。運動する事に意味があって、バレーに意味があるわけじゃ無いし。だからさぼっているわけでもないの」 「歌手ってあのレコード大賞とか紅白に出るような?」 「違う違う、声楽っていってほらオーケストラをバックにマイクなしで歌っている人いるじゃない。ああいう」 「オペラとかっての?」 「そういうのも」 「そうなんだ」 愛明はすこし考えこんでいたと思ったら突拍子も無いことを言い出した。 「そうだ!、森本さんさぁ、今度のクラス対抗バレー、俺達のチームに入ってくれないかな。バレー部に入ったくらいだから少しできるんだろ。俺達のチームてんでだめでさ。女子をメンバに加えるとハンディがもらえるんだよ。一年は初心者ってことでバレー部員でもOKらしいし」 さらに一方的に続けた。 「みんなには言っておくからさ、明日の朝から練習に入ってよ」 私は良いとも何とも答えていないのに、勝手に決めて、 「じゃぁ、そういうことで。」と一人学校に戻っていってしまった。 これが愛明との最初の会話だった。
よく朝、まあ人生何事も経験と、愛明達の練習に加わることにした。 そして目にした愛明のジャンプ、滞空時間が長い。でもセッターが上手く合わせられなくてヒットポイントと頂点がずれてすごいジャンプのわりにヘロヘロなスパイク。 私は母の練習に付き合っていたころからトスをあげるのが面白かった。そして知らず知らず得意になっていた。 練習を見ていて、いたたまれなくなり、割り込むことにした。 「私セッターに入るね。私が上げるから中田君レフトから打って」 愛明はその言葉を待っていたかのように即答で了解してくれた。 「わかった。お願いだ」 愛明の滞空時間だといろいろできると思って見ていたからタイミングはだいたいつかんでいた。トスを上げる瞬間、愛明の位置を確認して、トスの高さを決める。ジャストタイミングで愛明のスパイクに合わせることができるだろう。 「レシーブした時点で走ってネット際でジャンプ、そしてボールがくると信じて腕を振り下ろして」 「OK」 愛明ははじけるように答えてくれた。 「じゃあボール入れて」 私は反対コートの男子にお願いする。 反対コートからボールが入り、別の男子がレシーブ。練習ボールだからレシーブはまあまあ。うまく私のところに返ってきた。 「中田君、走って!」
ズドン!『オーオ』周りから驚きの声が上がった。 愛明も予想していなかった結果に 「何、今の。かってにボールが俺の手に叩きつけられて」 『っていうか、あんなスパイク拾えないよ。ほとんど打ったと同時にネット際真下にズドーンだよ』 とコート向こうの声。再び愛明が聞いてきた。 「木村さん、こんなの始めてだよ。何これ」 「中田君、タイミングが合えばこんなもんなのよ。中田君はフワって浮く感じで、トスも上げやすいの」 「もう一回いいかな、まぐれじゃないよね」 「まぐれなんかじゃないよ。試合中は毎回今みたいにタイミングが合うわけじゃ無いけど。いろいろなタイミングを私がつかめば、確率は上がると思うよ」
こうして、愛明とはクラス対抗の日まで毎日、何度も繰り返した。愛明はジャンプが安定しているから、結構タイミングが合わせやすかった。他の人もだんだん一定したリズムでジャンプ出来る様になり、クイックぎみなトスが多いけどなんとかお互い合わせられる様になっていった。
クラス対抗、私が入ってハンディ付きなのが悪いくらい。愛明のスパイクはもうほとんど誰もレシーブ出来ない。私はトスしか上げないので、他のチームの女子と比べそんなに目立つこともなく、みんな愛明のスパイクに納得って感じ。あっさり優勝を決めてしまった。 「木村さん、ありがとう。あっさり優勝しちゃったね」 「中田君もタフね。最後までジャンプ安定してるんだもん」 『そうそう、おまえよく最後まであんなに元気に飛べるよな』 なんてみんなで優勝の余韻にひたっていた時、応援の人垣から女生徒が出てきて愛明に声をかけた。 「愛明!おめでとう。まぁほとんど木村さんのおかげだけどね。誰も気付いてはいないと思うけど」 「あれ、姉貴、見てたんだ」 声の主はバレー部二年にしてエースアタッカの大庭泰子さんだった。今愛明姉貴って言わなかった? 『バレー部の大庭さんは愛明のまたいとこ、しかも生まれた時から家がお隣さんでね。幼稚園のころから愛明はねえちゃんって呼んでるんだ。中学に入って姉貴に変わった』 クラスメートが教えてくれた。 (そうか、中田君の試合を見に来てたんだ。) 「木村さん、今日Aコートに来て。先生と先輩には話しておくから」 「.....えっ.....」 突然のことで何のことか良くわからなかった。 「木村さん、姉貴がAコートに来いだって。セッターをやってもらうってことだよ。やったじゃん」 「うん。やっぱりそうだよね、そういうことだよね」
こんな愛明、泰子先輩と私の出会いだった。
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