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作品名:晴れ渡る夏空 作者:全充

第3回   祐子
 後期が始まった最初の土曜、混声の練習を終え大学前のバス停に向かっていると、めずらしくバス停に愛明がいた。
 思わず声をかける。
「愛明どうしたの、バス停で会うなんてめずらしいね。いつもはグランドから公園駅まで歩きじゃない」
「おまえこそめずらしいじゃない。バスで帰るなんて」
 当時の土曜は午前中に講義があって、大学構内は午後でも活気があり行き交う人々が多い。いつものように大きな声だ。
「うん、今日は土曜だしちょっと音合わせで疲れたから。愛明はもしかして彼女と待ち合わせかな。なんとなく態度が変だもんね」
「いや、ほら教育心理学、土曜のしかも四限目なんだ。だから練習は講義前に済まして講義受けてた。教員資格取るには受けておかないと単位もらえないだろ」
(そんなこと誰も聞いていないよ。どうしてあなたがこんなところでうろうろしているのかってことを聞いているんですけど)
 愛明は私を見て、なんとなく落ち着かない様子。いつもは相手の目を見て話すのに目が泳いでる。

 そんな会話を交わしていると、突然私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「木村さんでしょ?井口高校バレー部の木村由美さん」
 声に振り向くと、すらりと均整の取れた女性が笑顔でそこに立っていた。
 変わらぬ笑顔になつかしさがこみ上げる。去年のインターハイでベスト4までいった飯野西高バレー部の森本祐子さん。二年の時出た東京インターハイ、たまたま宿舎が一緒で期間中何度か立ち話をして親しくなった女性。最もそれっきりで、まさか彼女が名古屋にいて、ここで呼び止められるとは思ってもいなかった。

「木村さんも、ここの大学なの?、今もバレーやってるの?」
 森本さんは愛明に小さく手を振りながら話しかけてきた。なるほど愛明は森本さんを待っていたんだと思い聞いてみた。
「もしかして愛明が最近知り合った女性って森本さんだ?」
 逆に愛明は私達が知り合いという予想外の展開に私達を交互に見て、どういうこと?って顔で私達に無言で問いかける。
 森本さんが愛明に優しく笑いかけて説明した。
「中学からバレーやっていたって前に話したでしょ。木村さんとは二年のインターハイのとき宿舎が一緒でその時に何度か話をしたことがあるの」
 そう、そして森本さんのあこがれが泰子さんだったなぁと思いながら、引き続き私が説明する。
「彼女のチームは去年のインターハイでベスト四になったのよ。高校女子バレー界では結構有名な女性」
 愛明はさらに驚いたという表情で
「そうだったのかぁ。祐子そんなこと全然教えてくれないんだもんな。俺の高校を知ってたんじゃないか。もしかしたら二年の時俺は祐子を見かけてるかもしれないな。由美たちの宿舎には何度か行ったから」
 偶然の再会を喜びインターハイの話で盛り上がったり、私が森本さんと愛明はどこで知り合ったのってしつこく聞くもんだから、愛明はたまらず切り出した。
「こんなとこでいつまでも喋ってないで、由美も一緒に食事しながらってのがいいんじゃない?」
 森本さんも馬鹿みたいにはしゃいじゃったって顔で笑いながら頷く。

 行き先はワンパターン、愛明お気に入りのレストラン「とにお」ということになった。
 本山通りを八事方面に歩き、バス停二つほど先の赤十字病院を越えたところにあるのだけれど、いつものように歩いて行くことにした。道すがら、私は挑戦すら放棄した去年のインターハイでの森本さんたちの軌跡を聞き出すのに夢中で、愛明は後ろから蚊帳の外だと文句を言いながら付いてくる。
 「とにお」の石畳を登り、顔なじみの店員と挨拶を交わし、中に入る。それぞれ適当にオーダを済ませる。
(何か森本さんは愛明のためと思われるけど、サラダを細かく注文していたような。愛明そんなに野菜食べられるの?)
 森本さんがさらに驚く話を切り出した。
「木村さんは覚えていないかもしれないけれど、私と木村さんは中二の時に一度会っているのよ」
 私がすぐに意味が理解できないでいると、森本さんは続けた。
「夏休みに長野で東海大会あったでしょ。あの時」
 泰子先輩に引っ張られれてあれよあれよと県大会どころか東海大会も優勝してしまった遠い夏休みの思い出がよみがえる。
「私達が優勝した大会?森本さんも出ていたの?」
「そうじゃないけど。私は大会補助員。決勝戦も私は補助員で、大庭さんのプレーを間近で見ていたの。大庭さんの高い打点のアタックと最後まで全力で向かう精神力に感動したな。でも別の発見もあったのよ。それは木村さんのトス。正確なセットプレーを見て、セッターは目立たないけど大切なポジションなんだなって」
 それまで黙って聞いていた愛明がたまらず口をはさむ。
「由美を知っているんだから当然姉貴のことも知ってるんだ。由美のトスは本当に正確で的確だろ。俺と由美の出会いもそれだったよな。」

 愛明の言うとおり、愛明と私の出会いもバレーボールだった。そして私が泰子さんとコンビを組むきっかけを作ってくれたのが愛明だった。


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