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作品名:晴れ渡る夏空 作者:全充

第26回   祐子の写真
 二〇〇七年一月。
 仕事始めの裕一のもとに真理からメールが届いた。
『裕さん、しばらくドイツで独りでやってみようと思います。突然ですが今成田です。』
 
 閉館間近、帰り支度の会員さんと談笑している夕鹿の目に裕一が飛び込んできた。圭介も一緒だ。真理の姿を探し、フロアに目を泳がせていたが、カウンタに夕鹿の姿を見つけ、真っ直ぐ夕鹿に近づき声をかけてきた。
「夕鹿さん、何か聞いてる?真理が突然ドイツに行くなんてメールよこしてきたんだ」
 夕鹿はやっぱり真理は裕一に会わないでドイツに旅立ったんだなと思い、パソコンでインターネットを検索し、ゆっくり画面を裕一に向けた。
 画面には高校の制服を着た真理の姿が映し出されていた。
 裕一はこれが何?という顔で夕鹿と画面を交互に見つめる。
「そこに映っている女性(ひと)は真理じゃないよ。でもそっくりでしょ」
「それじゃぁ、もしかして、森本祐子さん?でもどうして?それに真理のドイツ行きと何の関係があるの」
 まあ聞いてよと夕鹿が二人に椅子を差し出し、座るようにすすめた。
「圭介に高校の先輩の話をしたのがきっかけなの」
 圭介はそれが真理の行動とどういう関係があるのかわからないと思いながら、話を引き継いだ。
「ああ。夕鹿の高校のバレー部を創った先輩で、インターハイでベスト四までいったって聞いた時、夕鹿は飯田市出身ってことを思い出して、もしかして森本祐子さんじゃないかって聞いたんだ」
「圭介が先輩の名前を知っていたんでびっくりした」
「その女性なら真理さんも知っているよ、真理さんに似ているらしいねって話をしたんだ」
「私も先輩の写真なんて高校の時先生からちらっと見せてもらっただけだから、真理に似てるっていわれてもピンとこなかったのよ。
 それでね、最近先生がバレー部のホームページ作ったって聞いていたから、もしかして先輩の話でも書いてないかなと思って覗いてみたの。
そうしたらこの写真がアップされていたの」

ホームページにはこう書き添えられていた。
『私が新任教師として赴任した年、彼女が我高に入学してきた。彼女は飯女にバレー部が無いのは承知で入学してきた。最初から中学時代の仲間とバレー部を創るつもりだった。私が大学までバレーをやっていたことをどこで聞きつけたか、彼女は私のところにやってきて、バレー部顧問の話を頼んできた。同じ中学出身の仲間と、中学時代バレー経験のある生徒六人揃えたからということだった。
 コートは体育用のためネットは中学女子の高さではあったが。三対三でコートに別れたミニゲームを見て驚いた。練習とはいえレシーブは正確にセッターに返されていた。森本ははでなスパイクに心奪われること無く、中学時代にセットプレーの重要性に気づき、チームを作ってきたとのことだった。
 わが校伝統、守りのバレーは最初から生徒自ら築いてきたものだ。そしてもう一つ、選手自分達で考えて試合を進めることも彼女たちが始めたことだ。
 しかし高さを徹底した守りで補うバレーも、全国レベルの高さの前にはなすすべも無かった。ことごとくブロックにかけられ、まさに彼女達の前に大きな壁としてのしかかっていた。
 しかし結局彼女はそれをも乗り越えてしまった。普通であればブロックを外す速いブロードなどの速攻を用いて、ブロックを崩したり、形成させる前に打ったりといったことを教えるのだが、彼女はブロックにわざと当て、相手コートの外に弾き出すなんて大胆なことをするようになった。
 さらに全員が集中して相手の動きを観察し、プレー中に全員がお互いに指示を出すことで、どこに空きスペースがあるか、相手がどこを狙っているか、そういったことを皆で伝え合うようになった。バレーは高さだけではない、点を取る、点を与えない、そういう競技であることを実際に示してくれた。
 そんな彼女たちが三年間で築き上げたスタイルは、今もそのまま受け継がれた我校のスタイルとなっている。


「それで、彼女に見せたわけ。彼女も最初は驚いていたわよ。本当に似ているのねって。
それから、この話を読んで、考え込んでいた。
『夕鹿、私ね、この女性(ひと)が亡くなった病院で生まれたの。彼女が亡くなる少し前にね。
それに、私のお母さんは由美さんの従姉でしょ、亡くなる前に彼女に会っているらしいの。彼女は心の強い女性だったのね。』
 そして、しばらくして
『私、やっぱりドイツに行くことにする。ドイツの友達が誘ってくれているの。ヨーロッパでは冬の間も室内競技が盛んで、試合で跳ぶことができるから、こちらで練習しないかって。
 私ね、ヨーロッパから戻って、また裕さんと一緒に練習ができて、日溜まりにいるようで心地よくって安心しているところがあったの。だから誘われても、どうしようか迷ってた。
 でも、私はやっぱり世界を相手に勝負してみたい。なんかそうしなくちゃいけないのかなって思うのよ。そのためには、裕さんに頼ってちゃだめだよね。』
 そういって独りで納得してたよ」

 裕一は、森本祐子という女性が真理に与える影響を不思議に感じていた。つかの間とはいえ同じ時間、空間を共有したこと、それだけではない、ここまでそっくりな女性が持つ強い心に惹かれるのだろう。そんな目標を持つことができる真理が少しうらやましくもあった。

「なるほどね。今しかできないことだからな。彼女も本気になったんだ。ただ気負いすぎて怪我でもしなきゃいいんだけどね。春は日本の方が暖かいんだ。一度戻るぐらいに気楽に考えればいいんだけど、彼女の性格じゃ無理かな」

 真理からのメールは次の様に続いていた。

『アジア大会の時、全日本の一員として詩織ちゃんが来てたでしょ。詩織ちゃんと話す機会があったの。その時詩織ちゃんから聞かされた言葉がきっかけかな。
「テンさんやシンさんってすごいんです。オリンピックに出たいなんて思いはもうない。メダルが欲しい。そんなふうに考えているんです。何か持っている気持ちが全然違うなって思いました」
 私もね、きっと北京が最初で最後のチャンスだと思うの。出るだけじゃ後悔するよね。決勝に残って、きちんと勝負してみたい。裕さん待っていて、もっと心も強くなって帰って来ます』

『栗原真理、一m九十九の室内日本新記録、室外の日本記録一m九十六を突破』
 三月、フランス室内選手権での真理の快挙が日本に伝えられた。


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