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作品名:晴れ渡る夏空 作者:全充

第23回   岡山国体
 愛明は男子日本記録保持者の君島の助走が一番真理のリズムに合うのではないかと思い、十年以上も前の選手だが、確か東京世界選手権の年に撮ったビデオ映像があったはずと引き出し真理に見せてみた。
 愛明はかってエミアンの助走から踏み切るリズムが自分のリズムに合うと感じ、エミアンのビデオを繰り返し見ることでリズムを覚え、学生時代の助走スピードには及ばないながら幅跳びで学生時代に残した自己記録を大幅に上回る跳躍をした経験があった。
 跳ねるような助走ではなく、スーっと走って踏み切り地点でパッと身体を上に引き上げる。
「なんとなくこのリズムわかる。踏み切り足じゃなく、助走スピードを身体全体で上昇方向に切り替える」
「それなんだよ、自分がリズムを意識できる。それが重要なんだ。理屈じゃないんだよ」
「今まではなんか、なんとなく踏み切っていて、これほど明確なリズムは無かった」
 回り込んで遠心力を利用して高く跳び上がるリズムは裕一が十分経験したものだ。

 国体まで後二ヶ月はない、どれだけ助走スピードを上げることができるかの戦いが始まった。
 スピードを上げすぎると身体が流れてしまいうまく上昇できない。
 スピードに耐えられるだけの足腰の強化のためリズムジャンプを練習に取り入れた。
 そしてきっちり踏み切れる助走スピードで内傾した身体を上昇させる動きを繰り返した。
 十月に入り新しい踏み切りスタイルが馴染んできた。練習でバーを一m八十に上げることが多くなってきた。
 国体では一m九十跳べるのではないかと裕一は感じていた。

 国体の女子走り高跳びは年齢制限の無い種目の一つでトップアスリートが一同に会する大会でもあった。
 今年は岡山県の開催、真理は青森県代表としてエントリー、決勝は月曜日ということもあり、裕一は休みを利用して圭介を誘い応援のため競技場に来ていた。
 決勝は十三時開始だからと二人はサブトラックに真理の姿を探した。真理は高跳びピット近くの芝の上でストレッチをしていた。
「真理さん応援に来たよ。どう?」
「裕さん、それに圭介君、来てくれたんだ。日本選手権より緊張してる。というかどれだけ跳べるんだろうってわくわくしているといったほうがいいかな。日本選手権以来だけどあの時より手応えはある」
「いくつから跳ぶつもり?」
「一応一m七十五からと考えてる。できれば八十四までは一回で越えたいな。竹井さん、洋子さんは八十からかな、どうかな?」
「自信ありそうだね」
「日本選手権の高さは確実に越える。そこから先が今日の課題」
「午前の予選、調子はどうだった?」
「通過が七十二でしょ、安全に跳んだから、でも身体は動いてるよ」
 おそらく七十八を越える可能性あるのは真理を含めて4人、七十五、七十八と三cm刻みでいくと九十に挑む時は最短で六回目、全て跳ぶのか、どこかの高さをパスするのか。リズムがつかめれば六cm刻みで八十七までいくつもりだという。
「一コーナのピットかな?」
 高跳び決勝が行われるピットを確認して裕一と圭介はスタンドに向かった。

 競技は六十九から始まり、七十二を越えたのは十人。ずっとパスをしているのは真理を含め四人。
 バーが七十五に上がり真理が動き出した。落ち着いている。このあたりは全然心配してないのだろう。真理は十二番目の跳躍。
 フィールド内で短いダッシュを数回繰り返した後音楽プレーヤを外し、ピットに移動した。いよいよ真理が跳ぶ。およそ五ヶ月ぶりの跳躍だ。

 深く息を吸い込み自分の世界を作る。
 全ての雑音が遮断されるのを待つ。
 助走から跳躍へのイメージを確認し審判に始める合図を送る。
 観客に手拍子を要請する様子は無い。走り出す。
 スムーズな加速で身体を内側に傾け曲線を描き最後の三歩、跳躍のリズムに切り替え身体を気持ち内側に沈め思い切り引き上げる。

 第一コーナスタンドで見守る観衆からどよめきの声が上がる。十cm以上の余裕で軽々とバーを越えた。
 マットに沈み込んだ身体を起こし裕一たちの方に向かって手を上げる。
 自分でも肯いている。イメージ通りに身体が動いているようだ。
 何やら審判に話し掛けている。おそらく次の高さをパスすることを伝えているのだろう。

 七十五を越えたのは八人。七十八は真理を含め三人がパス、五人が挑みクリアしたのは二人。八十一は誰もパスすることなく五人が挑み、ここでも真理は余裕を持って一回でクリア、結局四人がクリアした。
 真理は次の八十四をパス。世界選手権に出場した竹井選手とともに他の二人の跳躍を見守っている。
 八十四に挑んだ二人は結局その高さを三回失敗し、バーは八十七に上がり、竹井さんとのマッチレースになった。
 八十七は真理にとっては初めて挑む高さ。竹井さんは九十六の日本記録保持者、しかし今期限りでの引退を決め、事実上最後の試合として臨んでいる。
 真理の一回目は、初めての高さに緊張したのか動きが固くジャンプにならなかった。
 二回目は落ち着いたそれまでの跳躍を決め、またしても余裕でクリアした。
 竹井さんもベテランらしくまとめ八十七をクリア。二人の勝敗は九十に持ち越された。
 最も真理は竹井さんに勝てるなんて思っていないからある意味自分の跳躍に集中していた。

 竹井さんは八十七では苦しんだが、そこでリズムをつかんだのか、次の九十は一回でクリアした。
 さすがに自己記録を五センチ上回る高さに、真理の動きが固くなり助走スピードを跳躍に生かすことができず二回失敗、後が無くなった。
「真理さん!もう一度集中し直して!」
 三回目の跳躍にピットに立ち無造作に動作を開始しそうな真理に向かって思わず裕一が叫ぶ。
 真理に声が届いたのか、一度動きを止めた。


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