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作品名:晴れ渡る夏空 作者:全充

第2回   1977年 秋
 私と祐子が出会ったのは三十年前の一九七七年秋、私が十九歳、祐子はまだ十八歳で大学一年の後期が始まって間も無い頃だった。正確には再会したということだけれど、でもその前に愛明のことから話さなければ...

 大学に入り私は本格的に声楽を始め、大学でも混声合唱団に所属していた。
 愛明とは中学から大学まで同じ学校に通うというある意味幼なじみのような関係。大学までの通学時間が二時間ちかくかかることもあって夜遅い時、愛明は私専属のボディガードだった。
 前期試験後の秋期休暇も今日で終わりという日、大学に向かう途中の駅で久しぶりに愛明を見かけ声をかけた。定期コンサートが一ヶ月後にせまり、私は練習のため毎日大学に通っていた。愛明は陸上命って感じで当然練習の毎日だ。特に夏休み最後にあった東海選手権では決勝に残ったこともあり、ますます熱が入っている。
「愛明、久しぶり。今度の定演、来てくれるでしょ?」
 愛明はいつもと同じ、人なつこい笑顔で私を迎える。
「おう、おまえもこれから練習か。大変だね。定演って三日の夜十八時開演だったよな。俺もその日は秋季個人選があるんだよね。何で重なるかね?」
「文化の日だからかな」と答えると、愛明がにやにやしながら続けた。
「試合が終わってからになるけど、瑞穂から鶴舞までバスで二十分ぐらいだから、十七時頃には競技場出られると思うし、ぎりぎり間に合うんじゃないかな。江上も行くって言ってたから江上の自転車に乗っけてってもらうかな。その方が速いし」
 江上もくるんだってって顔で私の顔を覗き込んできた。
 江上君は文学部一年の陸上部員だ。愛明は理学部だけど日本史は私と同じ講座を受講して、そこで江上君を紹介された。私は教育学部で江上君とは同じ文系ということもあって結構受講科目が重なり話す機会が多く、愛明の次に親しい男子学生だ。
「なによ。この前試験で一緒になった時に誘ったのよ」
 そんなことでわたしが動揺すると思っているのか。
「あいつ楽しみにしてるって。由美の声が好きなんだって」
 江上君はいつもそんな調子でストレートに感情を伝えてくる。愛明は逆に何を考えているのかわからない。私とのことだって、陸上部の人達からはカップルって思われているみたいなんだけど気にしていない。

 私は中学の時に愛明のまたいとこにあたる泰子先輩にバレーのセッターとして見込まれ、部活以外でもなにかと気にかけてもらっていた。私の家は中学から歩いて三十分の距離で練習を終えて家まで歩いて帰るのは結構つらかった。泰子先輩の家は学校の近くということもあって、そのまま先輩の家に泊り込むことが多かった。そして先輩の家の隣が愛明の家だった。先輩の母親は先輩が三歳の時に亡くなっていたが、先輩の母親と愛明の父親がいとこということもあって、愛明のおかあさんが先輩を可愛がっていて、愛明も先輩を姉のように慕っていた。先輩の父親が先輩が中学入学前に亡くなったこともあって事実上愛明の家族同然だった。
 私の母と愛明のおかあさんはPTAの会合で意気投合したとかで、『愛明のおかあさんが隣にいらっしゃるのなら安心ね、泰子先輩の家事を手伝って修行してらっしゃい』と言って愛明のおかあさんに相談して、私が先輩の家に正式に下宿できるよう計らってくれた。
 結局高校卒業まで先輩の家に世話になっていたこともあって私も愛明の姉弟(きょうだい)みたいな関係になっていた。
 江上君から愛明に最近彼女ができたかもって聞いた時も身内の出来事って感じだった。そう、そのことで愛明を一度問い詰めてやろうと思っていたんだ。江上君の話に持っていかれる前に私からきりだした。
「それより江上君から聞いたんだけど、八月の合宿って江上君の部屋借りてたんだって。私てっきり合宿所に泊まりこんでるんだと思ってた。しかもその間江上君の部屋に出入りしてた女の子がいて、学生寮ではちょっと話題になってるんだって言ってたよ」

 愛明は夏休みの後半、合宿といってほとんど家にいなかった。江上君が戻るまでずっと寮に泊まり込んでいたらしい。
「江上からも聞かれたよ。『どういう娘?』って」
「ほとんど毎日、寮に来ていたってうわさだよ」
 めんどうくさいことを聞いてきたという顔で愛明は答える。
「いや、彼女がきちんとした食事を取ることもトレーニングの一環だからって」
「はい?なにそれ?だいたいどういう知り合いなの。陸上部に女子マネなんていないし。女子部員は四人でしょ。ゆかりにも聞いてみたんだけど知らないって言うし。もしかして合宿に誘った先輩の妹さん?」
 ゆかりは高校で愛明と同じ陸上部だったこともあって私とも親しい。大学でも愛明と同じく陸上部に所属するスプリンタで、いかにも体育会系のあっけらかんとした性格の娘。
「あんたらはいつも仲いいねぇ。それでなんで恋愛関係にならんかね」
なんてからんできたりする。ゆかりに言わせると、愛明は泰子先輩に甘やかされてるからゆかりや私では愛明には物足りないに違いないとのことだった。

 高校の時、愛明に聞いたことがある。
「愛明、一番の娘っている?」
「一番?なにそれ?」
「何があっても、その娘とのことを最優先にできるってこと」
「それはないよ。インターハイ出場が一番でしょ。何人もその夢を阻むことはできない。でも姉貴の頼みだけは別だ、あれはさからえない。後がこわい」
 そう、愛明は泰子先輩の頼みにはさからったことはない。まあ、泰子さんも愛明の事情を尊重して頼み事していたとは思うけれど。
 先輩がバレー部を引退した時に私もバレー人生に終止符を打った。もともと先輩がいたから続けていたようなものだし。私達の高校では二年の夏で引退し、来たる大学受験に向けて準備を始めるのが通例だった。だからといってそのまま受験勉強の毎日なんてことにはならず、バレーのために封じ込んできた高校時代の青春を取り戻すべく、同じく陸上部を引退したゆかりと放課後の道草を楽しんでいた。
 愛明はそんな私達が理解できなかったようで、放課後いそいそと帰る私達に言う言葉はいつも決まっていた。
「おまえらばかじゃないの、俺は来年のインターハイは絶対出てやる。由美に先を越されたからな」


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