二〇〇五年四月 春の日差し柔らかな日曜、愛明は気まぐれに代々木にある織田フィールドを訪れれた。数年ぶりのことだ。 ドラマで織田フィールドをキャンパスに見立てた映像を見て以来、懐かしさから足を運んでみたいと思っていたのが、ようやく一年後に実現できた。 ぼんやり高跳びのピットの方を眺めていると、一瞬祐子と見間違う後姿の女性が目に映った。 均整がとれ引き締まった身体は祐子によく似ている。身長は祐子より少し高く一m七十を少し超えたところか。
一九八〇年代、愛明は東京の市民クラブRunUpで競技を続けた。 仕事の合間を縫っての練習と試合出場ではオリンピックなどほど遠く、三十二歳での出場を最後に現役を引退した。 当時の仲間で今でもRunUpで短距離コーチをしている遠藤に高跳びの女性について訊ねてみた。 「栗原真理だよ」 「えっ、あの?」 「そう、高校二年で一m八十を跳んで期待された栗原だ」 「あのあと伸びなかったな。確か大学では一m八十を一回も越えられなかったんじゃなかったっけ。」 踏み切り動作を確認しているのか、何度も助走を繰り返している。 「走り方がどうしてああなのかな。ちょっと話していいかな?」 「あれ、興味持ったの?普通、高跳びの助走ってあんなもんじゃないの?」 そんな会話をしながら、二人で高跳びのピットに向かった。 「真理、ちょっと」 遠藤が真理を呼びかけ紹介してくれた。 「こちら中田愛明、幻のモスクワオリンピック三段跳び代表。RunUpのOBでもあるんだ」 真理は怪訝な顔をしていた。 愛明から声をかけた。 「はじめまして」 「はじめまして・・・」(幻のモスクワオリンピック代表?、確か由美さんの知り合いにもそんな人が・・・そういえば三段跳びじゃなかったっけ。) 愛明は真理の目に吸い込まれた。 相手の目をまっすぐ見て話す、祐子に感じた居心地のいい視線。 「君の助走は東ヨーロッパやロシアの選手みたいなんだけど、何か意味あるの?」 「いえ、昔から何となく今の助走スタイルで通してます」 「それから、助走で円を描く意味理解してる?」 「直線的な助走だと跳びにくいですよね」 案の定、強い選手のスタイルをすのまま取り入れ、感覚だけで跳んでいるようだと思った。 「もうすこし自然な走りの助走に変えてみない?それに円を描く助走を最大限利用するにはスピードが必要なんだよ」
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