サンセットを出たところでグランドに向かう江上君と会った。 江上君はせっかくだからと祐子を山の上のグランドに誘ったけれど、祐子は練習中には顔を出さないほうがいいから遠慮して帰ると言い張るので、江上君と私は彼女がバスで帰るのを見送り、山の上グランドまで祐子と愛明のことを話しながら歩いた。 「森本さんさぁ、愛明のわけのわからない話がおもしろいんだって」 定演の時江上君が祐子に聞いた話といって教えてくれた。 「宇宙はまるいってやつ?」 「そう。で、『分かるの?』って聞いたら、 『宇宙がまるいっていうのは、地球から宇宙の何処へ向かっても地球に戻って来るってことでしょ。地球といっしょでしょ?地球でも真っ直ぐ進めば一周して出発点に戻って来るじゃない。』 だって。」 「それは愛明がそう説明したからでしょ」 「いや、彼女の感覚だって。愛明が言ってた」 「へえ、感覚ねぇ。あれは?ほら、『宇宙は結局、無から発生した』ってやつ」 「それもさあ、オイラーの等式ってやつと同じだって思うって」 「なにそれ?」 「木村さんは覚えていない?exp(πi)+1=0って等式。あれだよ」 「意地悪ね。私が数学に弱いって知っていて。でもそれがどうして宇宙と関係あるの?」 「そう思うだろ。愛明も驚いたっていうか、目から鱗だったって。逆に愛明はそこにヒントがあるかもしれなと思うって。 ほら、覚えてない?愛明は何かの振動が素粒子を形成してるかもしれないって言いだして、俺達『なにそれ?』って笑ったじゃない。 あれ cosθ+i(sinθ) だから振動と関係があるんじゃないかと思うって」 「そういわれればそうかもしれないけど」 なんかだまされているような気がした。 「森本さんに聞いてみたんだよ、どうしてそう思うのか。彼女の答えはこうだよ。 『う〜ん、なんか愛明って単純なのが好きでしょ? まるいっていうことは戻って来るってことだし。振動といえばsin、cosでしょ?なんとなくそう思ったの。だから正解でしょ?○でしょ?』だって。 確かに物事は意外に単純なことで成り立っているのかもしれないな」 祐子は愛明の考えていることが自然に伝わってきていたんだろうか。 そういえば二人とも結構その時感じたことをそのまま行動にしたり、言葉にしたりして似ている。 「何か二人似てるね、判りやすい性格だし」 「判りやすいっていえば、コンサートの時、 森本さんハイヒール履いてたの覚えてる?先輩から彼とコンサートに行くなら少しお洒落したらって、薦められたらしいんだけど。 でもね、愛明と同じぐらいの背丈になるのが気になるらしくて。『もう履かない』って怒ってるの」 さらに江上君は新しい話だと教えてくれた。 「最近愛明また新たな疑問を手にしたみたいだよ。 『遺伝子が生物を生物たらしめている。遺伝子ってどうやって生まれたんだろう』 遺伝子の話は森本さんから聞いたみたいで。遺伝子によって母系を辿れるらしいとも言っていた」 それを聞いて私は本当に二人は一緒にいて退屈しないんだろうなと思った。
グランドでは愛明が100mのゴールに向かって跳ねていた。 江上君に愛明なにしてるのって聞いたら、リズムジャンプっていってステップやジャンプのタイミングを交互に確認してるんじゃないかなって説明してくれた。 私は合宿所の前からゴール近くまで降りていって、混声の練習で遅くなるので一緒に帰ってくれるように愛明に頼んだ。 陸上部の人達が「愛明いいねぇ、今日も姫のお出ましだ」とからかう。 江上君も一緒に降りてきて 「さっき森本さんにあったけど。遠慮して帰っちゃったぜ」 と愛明に耳打ちした。 愛明は私に判かったと答え、 「そうか、俺今日はもう練習上がるところなんだ。まあ誘ったって彼女はここまでは来ないよ。俺が冷やかされないようにって思ってるんだろ。寮に戻るって言ってたんだ。後で呼び出してみるよ。どうせ由美は8時ぐらいまでかかるんだろ。まだ4時間もあるよ」
グランドは山の斜面を削って造られていて、合宿所が大学構内で一番高い所にある。私が混声クラブに戻るため合宿所に向かおうとすると、江上君も一旦合宿所によるからと付いてきた。 「陸上部の連中、由美は愛明の彼女って思っているよな」 「いいんじゃない。愛明のカモフラージュになって。愛明あまり知られたくないみたいだし」 「いつもここまで一緒に来るのは俺なのに、『今日も送って』の一言でみんな俺とは無関係って思っちゃうんだよね。なんか俺としては腑に落ちないんだけど」
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