20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:晴れ渡る夏空 作者:全充

第10回   祐子(2)
 定期演奏会も無事終わり、 その後祐子と会うこともなく秋が終わろうとしていた。
 陸上部はシーズンオフかと思っていたけれど、愛明は全日本大学駅伝出場をかけた駅伝チームのサポートで土日は忙しくしていた。

 私と祐子の再会はまた大学前のバス停だった。
 私は練習で遅くなりそうな時はいつも愛明と時間を合わせて、愛明と一緒に帰ることにしていた。
 夜の通勤電車に一人で乗るのはいやだったので、高校の時から夜遅いときは愛明に送ってもらうのが常で、大学に入ってからもなんとなくそうしてもらっていた。
 その日も愛明と帰り時間を合わそうとグランドに向かう途中、バス停で祐子を見かけた。
 祐子は大学付属の体育センタに資料を届けに来てこれから帰るところとのことだった。
 今日はもう直接寮に戻るだけというので、私は祐子を喫茶「サンセット」に誘った。
 「サンセット」は愛明が理学部の人達と出入りしている喫茶店で、私もちょくちょく愛明と利用していた。
 祐子も愛明と会う時はよく利用しているとのことだった。
 陸上部の連中が集まるところといえば学食か学内喫茶で、愛明は祐子と一緒のところを陸上部の人達には見られたくないということだなと思った。
 店に入り、席に付くとマスタの奥さんがおしぼりと水を持ってきて話しかけてきた。
「二人はお知り合いだったんですか」
 私と祐子は突然の問いかけに無言で奥さんの顔を見た。
「愛明君が二人の女性と出入りしているからマスタといろいろうわさしていたんですよ。鉢合わせても大丈夫かしらって。でもマスタいわく、『由美さんと愛明君は異卵性双生児みたいなものだから。祐子さんには人畜無害、心配することないんじゃない』ですって」
「人畜無害ですかぁ、ひどいなあ。でもまあ六年間身内より一緒にいる時間が多かったから。私と愛明は身内同然ですから」
 奥さんが「そうね、ではごゆっくり」といって奥に消えていった。
「そういえば前会ったとき、愛明が木村さんと同じ高校に入ったのは愛明の意志じゃないように言っていたよね」
 愛明を同じ高校に引っ張ったのは泰子先輩だ。
 私の家から高校までは通うのにバスで遠回り一時間以上の通学になるので、引き続き大庭家に下宿して自転車通学することにした。
 バレーの練習で遅くなるし、そうしなさいよって誘ってくれたのも先輩だった。
 母も愛明の母親とは気が合うから、愛明の隣で大庭さんの家ということで炊事・洗濯をきっちり覚えなさいと家を空けることを気に留めなかった。
「愛明は北高に入って小野先生の指導を受けたかったらしいんだけどね。小野先生ってのは幅跳びでオリンピックに出場した人で、当時はまだ現役でもあったの。でも先輩が『だめよ、由美も私の高校を受けるって勉強してるんだから、あなたも来るのよ』って」
「愛明かわいそう」
「そうなのよ。それで愛明が
『俺、県大会の時、小野先生に来年からお願いしますって約束したんだけど』
って言うと
『山田君に愛明を連れてくるからって言ったら、喜んでたよ』って
山田って人は中学の時幅跳びで県1位になった人で愛明も一目置いている人なの。そしたら
『山田さん県大会のとき姉貴と観に来てたの知ってたよ』
ってなんとなくおもしろくなさそうだった。
 先輩にしてみれば、練習で夜遅くなるから、私と先輩を家まで護衛せる目的もあったみたい」
 祐子は中学二年の大会で私達の優勝が決まったとき、私達に駆け寄る愛明を、さらに高校二年のインターハイでも宿舎に泰子さんを訪ねる愛明を見かけていたという驚きの話を聞かせてくれた。
「私はその時大庭さんのボーイフレンドかなって思ったの。だから五月に愛明を見かけたときはちょっと驚いた。なんか、あれっ同じ学年だったのって。大庭さんの彼なのかな、何か一緒に喜んでくれる彼がいてうらやましいなって思ってた人が目の前に現れて」
「愛明そんな事言ってなかったよ」
「でも見かけただけだから。愛明には話してないの」
「へぇ、おもしろいね、運命の人なんじゃないの?でもこうして私達までもが親しく話すようになるなんて思ってもいなかったけどね。そういえば夏休みに偶然愛明に会ったんだって」
「それがね、愛明は偶然って思ってるけど、ほんとは偶然じゃないのよ。先輩が寮祭のことで学生寮の人と打ち合わせの約束していたんだけど、時間が14時に変更になったて連絡があって、先輩は別の約束があるから私に代わりに行って欲しいってことになって。そしてその時
『なんか近藤さんの部屋に陸上部の新人が泊まり込んでるらしいよ。月末の三段跳び?だかの試合に向けて合宿してるんだって。なんかさっき練習から帰ってきたと思ったら寝ちゃったって。それってもしかしたらすけちゃんが言ってた人かもしれないね』
って言われて」
「じゃあそれが愛明だと思って?」
「そう、初めって会った時は慌ただしく帰ることになっちゃって、もう一度会いたいなって思う人がいたんですって先輩に話していたの。『これは神が与えてくれたチャンスだ』って思ったら駆け出してた。起きてどこかいっちゃう前にと思って」
「やっぱり運命じゃない?神様がいいトス上げてくれたんだね」
「はは、そうかもね。でも私結構"あせった"のよ」
 あれは今思えば祐子の洒落だったのかなぁと思っている。

 祐子は愛明の偏食に驚き、祐子の女子寮と学生寮はバスで十五分の距離ということもあって、野菜もきちんと摂るように毎日学生寮に通い、食生活の改善を試みたことを話してくれた。
 トマトは煮込んでソースにして、チキンと煮込んだり、ピーマンは焼いて柔らかくして肉を包んだり、茄子は焼いたり、茹でて生姜で和えたりとかすることで逆に愛明は好んで食べるようになったということも。
 愛明は中学の時から学校のグランドが狭く、技術練習は野球部とかサッカー部が休みの日曜にしていた。助走中に球が飛んで来るのを避けるためと言っていた。
 私も日曜は学校近くの河原でおもいきり歌うことができるので、愛明に付き合う形で学校に出ていた。
 ついでだからと愛明の分のお弁当も作っていたが、愛明が食べない食材は一切使わなかった。
 愛明のお母さんだって色々工夫したけど結局あきらめたと聞いていた。
 せっかく作るんだし、愛明が食べるものということが優先だった。
 祐子は愛明の栄養バランスを考え、食材でなく調理をいろいろ工夫したということだった。
 愛明の母親ができなかったことを、祐子は簡単にクリアしてしまったということだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 38108