その数日後、城では国家老・斉藤頼母殿失踪の騒ぎが起きていた。城方は八方手を尽して頼母の行方を捜したのだが見つからなかったのである。この事件は早速、江戸に伝えられた。知らせを受けた江戸家老・三浦多門は秘かに角左衛門と連絡を取るべく国許に密使を走らせる。 この頃、弥助は事の顛末を但馬守に伝えているが、その中には狐のことは含まれていない。勿論、頼母が角左衛門を訪ねたことも伏していた。伝えられたのは頼母と多門の確執から藩内が二派に分かれ藩政が紊乱していることであった。その上に付け加えたのは、「斉藤頼母の行方については承知いたし居りますればご安心いただきたい。殿にはご迷惑のかからぬように処置します」であった。 一方、角左衛門屋敷には狐六人衆が首を揃え頼母後の藩の動きを見張るための協議をしている。八重・桜、尾由・桃、お富・梅の三組に分かれて、城の高台に続く武家地、一段 低い処にある町人の町、その外に広がる村落を分担することになった。 「この機に、城内の頼母一派を洗い出し多門殿に知らせねばならぬ」と八重が言うと、 「町人がお城のことをどのように噂しているか確かめねばならぬ」と尾由が応える。 それを聞きながらお富は、弥助のことが気がかりで、いまどき彼は何処で何をしているのかと思い巡らしている。弥助は狐を味方と見ているが、狐が藩侯の隠密であることが何時ばれるやも知れないと思うとお富にも一抹の不安がある。 「わたしと梅は、村落に潜んで農民たちに一揆の動きがあるや否やを確かめよう。弥助のことだが、頼母を生かしておけば幕府の高山藩取り潰しの陰謀が彼の口から何時漏れるやも知れぬと、頼母を亡き者にするであろう。その前に狐が頼母を江戸藩邸に運んで藩侯の面前ですべてを白状させれば、幕府は陰謀を取り止めるであろうと思う。探索にあわせてこれをもまたやってのけるべきではないか」 お富が突然思いがけないことを言ったので一座に緊張が走る。狐たちはお富の次の言葉を待っているようだった。 「弥助を殺るのが先じゃないかね。頼母のことを知るのは弥助と狐だけだから」 口を切ったのは八重だった。狐たちは驚いて顔を見合わせる。その様子を見ながらお富が言う。 「弥助のことはわたしにまかせてもらいたい。頼母を幕府との交渉の切り札にすれば万事解決しよう」 今日のお富は、毅然としていて、言葉使いも侍のような口調になっている。 「角左衛門殿と弥助が談合し高山藩安泰を引き出せば狐の役目も終わる。その橋を架けるのが狐の仕事よ」 この話し合いのあと、狐は三組に分かれて散ったが、お富は角左衛門に委細を告げるべく屋敷に残り、早速、計画を角左衛門に打ち明ける。その話を聞いたとき角左衛門は、しばらく思案していたが、 「頼母殿はわたしが江戸上屋敷までお送りしよう。そなたたち狐はわたしとともに警護を勤めよ。このことは弥助殿にお富から、『御手出し無用』と伝えて置くことだ、これが仁義じゃ」と厳しい口調で言った。 頼母はその頃、飛騨山中の廃鉱に閉じ込められていた。この場所は狐しか知らない。弥助はお富を信じて頼母を預けたのである。これを知るのは角左衛門だけであった。 出立に先立って角左衛門は、城方には、「藩侯・頼(よりとき) 殿の命により、斉藤頼母殿は江戸にて療養されることとなった。内々のことゆえ、お供は無用に願いたい」と伝達した。この書状にしたためられた角左衛門の肩書は、藩侯の御側用人・茂木角左衛門であった。 出立当日、角左衛門は頼母のために格式に相応しい籠を用意し、自らは徒歩で籠に寄り添う。このとき、頼母は相当に憔悴していて真実、病人であったので、御医師が一人、籠にて付き添うことになった。国家老の出国としてはまことに淋しいものであったが、失踪事件がこのような形で解決したことに、城内では安堵の声も聞かれた。
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