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作品名:飛騨の狐 作者:観自在

第6回   6
「幕府の草は何処にでも居りましょう。わざわざ会いに来てあげたに、喜んでくださらんのかね」
 お富の言葉につられたように弥助の表情が緩む。
「頼母殿に引き合わせよう。付いてまいれ」
 弥助は先に立って座敷に戻る。慌てているのは頼母である。幕府隠密の弥助と自分の関係がお富に知られることになったのである。
「この者は清兵衛宿の女中であったお富と申す者、狐と呼ばれていたことは貴殿も承知であろう。山中にて他の狐どもとも拙者は一夜を明かしたが、それ以来行方が知れぬ。清兵衛逃亡の手助けを狐どもがいたしたことも聞き及んでおられよう。狐は幕府の隠密と判じて誤りはなかろう。今後は、お富が拙者に代わって訪ねて来ることもあろうから承知置かれたい」
「弥助殿の言とあれば疑いは挟まぬ。お富殿をわれ等が味方としてお迎えしよう」
「これは恐縮です。弥助さんとは昵懇の仲ですからご安心くださいね」
 三人は膝を交えて密談するように小声で話している。頼母の顔は引きつっているように見えるが、お富はにこやかである。弥助は使命感を漂わせているような雰囲気だった。そして、お富に尋ねる。
「ほかの狐の動静は知らぬか」
「離れ狐のわたしだもの、存じませんよ」
「角左衛門屋敷には、そなた以外の狐も逗留していたのではないのか」
 弥助はにじり寄るようにして尋ねる。弥助はお富が清兵衛宿の女中であった頃からお富と深い関係になっていた。
「庄屋の角左衛門だと、彼は江戸家老・三浦多門の縁戚で若侍ながら重用されて居ったが、あるとき藩侯に意見を具申し逆鱗を買い士分を剥奪されたと聞いておる。それ以来頼(よりとき)
候を怨んで居るとの噂があるが、真偽のほどは解らぬ。弥助殿は、角左衛門といかにして知り合われたか」
 頼母が膝を進めるようにして聞く。傍にいるお富が固唾を呑んで二人のやり取り見守っている。
「清兵衛から角左衛門はわれ等の味方であると聞いておった。狐が清兵衛の逃亡を助けたのは頼母殿もご存知であろう」
「狐が幕府の隠密だと知って居るのは弥助殿だけであろうか」
「そのことならば、頼母殿こそ存知居られるはず。そうでなければ、藩侯からの探索の手が逆に貴殿に及ぶことになろう」
「一揆を起こさせ、首謀者を捕縛するのが拙者の務めだが拙者の存念では、角左衛門をそれに当てるつもりで居る。さすれば、江戸家老・三浦多門をも一挙に落とすことが出来るであろう」
「角左衛門は狐の庇護者じゃ、幕府隠密方が異を唱えようぞ」
「そこを弥助殿に抑えてもらいたい」
「狐も角左衛門に対する恩義から反対しよう。お富、お前の意見を聞きたい」
 弥助はただならぬ面持ちでお富を見詰めた。
「かように重要なことを口にされた頼母殿の真意がわかりませぬ。角左衛門が一揆の首謀者だという確証を示す手立てはおありなんでしょうか」
 お富はいつに無く改まった口調であった。角左衛門と自分たちの生死にかかわる大事を耳にしたのである。お富の心に動揺が起きていた。
「お富の言う通りじゃ。確証を示さねば、老中・但馬守は許諾なさるまい」
「角左衛門は当藩内の庄屋なれば公儀の許諾は不要、幕府の隠密・狐を匿い居ることを知られたくないのが幕府の立場であろう。さすれば、角左衛門を捕縛することは公儀にとっても、好都合では無からぬか」
 頼母はしたたかな計算をしている。
「おぬしは強かな悪党よのう」
「弥助殿の言葉とも思えぬ。拙者が悪党なれば、外様大名の改易を図る公儀はその頭目ではござらぬか」
「お二人とも仲違いなさってはいけませんよ。頼母さまの存念、確かに承りました」
 お富は平静さを取り戻している。頼母の計略がただならぬものであることを知って内心には意を決するところがあるような様子が顔に浮かんでいた。
「頼母殿の意向は老中・但馬守殿に取り次ごう。お指図があるまで角左衛門捕縛は罷りならぬものと心得られたい」
 弥助は自分の立場を取り戻し、厳しい態度で頼母に告げた。頼母はそれに対しては黙したままである。お富はじっとその様子を見守っていたが、不気味なものを感じた。頼母の必死の抵抗とも見える態度には何が隠されているのか。もしやして、頼母は、角左衛門と狐は江戸家老・三浦多門と気脈を通じる藩侯の隠密であると疑っているのではないかと、お富は内心穏やかでない。あるいはそれは思い過ごしで、頼母の多門に対する敵対心が縁戚の角左衛門にまで及んでいるのか、改易を成就するためには単なる農民一揆ではなくて庄屋が黒幕であるとしたほうが決定打になるとおもってのことかなどと、お富は思い直している。


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