清兵衛の逃亡を手引きしたのは狐六人衆だった。あの夜、弥助が、精魂尽き果て眠りに落ちた後、精気を吸い上げた六人衆は、はつらつとした面持ちで、山を駆け下りた。そのなかの一人が、お城に忍び込んで、清兵衛捕縛の密談を聞き取り、旅籠に結集していた仲間に通報したのだ。 六人衆は、清兵衛の妻子に薬湯を与えて眠らせ、清兵衛一人を騎馬に乗せて、七騎で清流に向かって疾走した。清流の岸には筏が用意されていたので、船頭に化けた清兵衛と一人の隠密が川を下ったが、この隠密は物産方の侍であった。 清兵衛を逃亡させた狐六人衆はすばやく城下にもどったが、その姿は、商家の妻女、武家の奥方、職人の女房、鳥追い女、芸者、侍姿である。これだけの変装をすばやくやってのけられるのはこの旅籠のほかに隠れ家があることを推察させた。 (2) 彼女たちは、庄屋の角左衛門の屋敷に投宿していた。表向きは旅役者という振れ込みであるが、この屋敷の離れが彼女たちに与えられていた隠れ家である。この屋敷で膝を接して話し会っている二人の男がいる。角左衛門と弥助であった。
「お富が隠密だということを、お手前はご存知か」 尋ねているのは弥助である。 「旅芸者の尾由のことですかね、あれなら、いま、この屋敷に投宿していますよ」 角左衛門はスラスラと話していた。 「本当か」 と、弥助は、ぎくりとしたが、それ以上は聞かないで、 「清兵衛が逃げ落ち延びたそうだな、妻子はどうした」 弥助は、事件の後、何があったか聞き出そうとしていた。弥助が、お富探しをあきらめて、山から降りて来たのは、事件の三日後である。 「妻の喜代どのと娘の花は、城の牢にいるらしい」 角左衛門は、そういっただけで、ほかのことは話さなかった。 「そうか、助けに来るものは誰もいないか」 弥助は、首をかしげている。 「ところで、この三日の間、あなささまは、何処にいなさった」 角左衛門が窺うように尋ねる。 「お富を追っていたのだ。狐を捕まえて、お富とともに旅籠に帰るつもりでいた。そうしなければ、清兵衛さんに迷惑がかかるし、こちらの素性もばれるやも知れぬとおもってのう。だが、帰ってくると、清兵衛さんが、隠密の嫌疑で捕縛される直前に逃亡したと聞いた。まさかであった、彼が里隠れであったとは」 弥助は、不覚だったと反省していた。 「尾由に会われますか」 角左衛門は、話題を変えるように言った。 屋敷の外は秋の夕暮れ時で、庭のすすきは銀色の穂を風に揺らせ、西には茜の空が広がってたなびく雲を染めていた。 「尾由と言ったな、お富のことを。旅役者の芸名にしておるのか」 弥助が突っ込んだ。 「わたしは、尾由としか聞いていませんが」 角左衛門は、とぼけたように答えている。 「旅役者は何人いるのだ、まさか、狐六人衆じゃないだろうな」 弥助は、角左衛門の顔を覗き込むように言った。その目は、角左衛門が何かを隠しているという疑いを浮かべている。 このとき、中庭の踏石を渡って、この部屋に近づいて来る女の姿が夕日の中に浮かぶ。弥助はそれを目ざとく見つけた。 「誰か来るぞ、女だ」 角左衛門は、すでに尾由だと知っている。 「尾由が来ます」 角左衛門は庭の夕日に浮かぶ尾由の姿を見ていた。紺の袴に黒格子が斜めに入った白地の稽古着を身につけ、右手に木刀を提げた女が、男髷も凛々しく近づいて来ると、角左衛門に会釈した。右手に木刀を提げているのは戦意のない証拠だった。 「尾由、客人がお前を訪ねて来られた」 角左衛門が、隣に座っている弥助を見て言った。 「左様で、どなたでしょうか」 尾由といわれた若武者姿の女は、まじまじと弥助を見た。 「お富ではないか、お富であろうが」 弥助は、半信半疑であったが、お富だという見当をつけている。 「さて、
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