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作品名:迷路の戦士 作者:砂野徹

第5回   5

○消防署・女と男○

「胸カラ噴射シタノハ消火剤デスカ?」
「今日のは殺虫剤だ」
煙幕はようやく散って、床近く白い砂煙が低い雲のように淀んでいる。
大理石色の床と壁は煙幕で汚れて不規則なネズミ色だ。
スミレとセフキープも全身ひどく汚れてしまった。
「殺虫剤ガ効イタンデショウカ」
「わからん。性質が臆病なのかもしれない。
 持ち場に戻っていろ。私は外へ戻って指示を仰ぐ」
スミレはセフキープを残して屋上への階段へと駈けてゆく。
いかにも消防機という着実な足取りだ。

同時刻。
ビルの外。
消防男は戻ってきたトンボの報告を聞いたところだ。
「牛より大きいのか」
「突起部を除き前後180センチです」
トンボのデータカードを抜いて消防車の側面に挿す。
ここにはモニターとキーボードが開いている。
「こちら現場!」

同時刻。
消防署の仮眠室。
若い女がベッドから半身を起こしてモニターを見る。
モニターには虫ビル前の光景が映っている。
女は寝間着に近い簡素な部屋着で靴を履きながら応答する。
短髪の、少年のような顔だ。丸い顔に黒目がちの眼。
「こんなに大きいの」
ビルイーターの映像に驚く。
「ネコ科コンビ出動!」
「強行調査ですか」
「そうだMDは全6機トンボは全4機」
「こっちからは5機と1機ね(トンボあと2機は現場の消防車にある)」
女は、部屋・・・部屋というよりカプセル、
モクドのライフカプセルと似たような個室・・・のドアをひらくと
2メートル下の床へ飛び降りた。折りたたみハシゴを伸ばせば
普通に下りられるが面倒なのだ。
同時に隣の部屋から若い男が着地した。公園でお菓子を食べていた、
あの男である。たまご型の顔に大きな眼。
倉庫のような場所で、消防車両とMDが数多く並んでいる。
MDはダボッとした服に身をつつみ立ち並んでいる。
頭部は、細い茎にカメラレンズのみ目立つ、ヒマワリのような形状だ。
これが空間機動MDの待機形態であり、用途に応じて装備と身体各部を
[着替える]のである。男が大きく鋭い声で
「MDは頭を銃に胸をノズルユニットに換装。
 攻撃対象はでかい虫だけだ。野菜トリオ!」
と言うと傍らのヒマワリ3機が一歩踏み出して敬礼した。
「相手は炎でも銃でもないから裸になれ。リープジャケットも軽くする」
リープジャケットはごく薄い宇宙服あるいは非常に厚いウエットスーツと
いった感じの[飛行服]である。背部にメインノズル、胸中央と足裏に
姿勢制御ノズルがある。燃料タンクは胴に薄く分散されている。
材質はフレキシジュラミンという金属で、柔軟だが銃撃に対しては硬質に
砕ける。操縦桿は腰背部から多関節棒となり伸びている。中国古来の
トンファ(40センチ程の棒の端に短い握り枝が直角についており振り回し
て使う)を両手に握る要領だ。操縦桿には親指側に球状立体スライドボタン、
他方に上下スライドボタン、先端に機銃発射ボタンがある。銃は
透明ヘルメットの上にチョンマゲのように載っている。他のボタンは
各部推力に対応している。左手の操縦桿は強く握ると推力が上がるように
なっている。以上は初期設定で、実際は使用者がカスタマイズする。
使いこなすのは特殊な体術であり常人には不可能だ。今回の任務は耐火性が
要らないので、布的な覆いをはずし割と細身のシルエットである。ふたりは
これを20秒で装着した。形状記憶素材であり、開かれたジャケットの上に
寝て或る気圧と温度を加えるとぴたりとまとうことが出来る。彼は20才の
一年間テコンドーの日本チャンピオンであり、彼女は17才のとき
一輪車競技で北半球4位まで昇ったことがある。
男は草凪漂(クサナギヒョウ)女は包山音子(クルミヤマネコ)、
現在は[空機のネコ科コンビ]として有名だ。
ヒョウ「行くぞ!」
ネコ「花は中に」
ヒョウ「野菜は上だ」
小さめの消防車に二人は乗り込む。
花と呼ばれた3機のMDは後部の立ち席に入り、
野菜トリオは推力を発して屋根に飛び乗った。


○連携する軍と消防○

消防車はすべるように街へ出た。
「私たちだけで足りる?」
「屋外を軍が固めるのさ」

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同時刻。
別の道路。黒い大きな軍用トラックが3台走る。荷台は高い塀に囲まれて
いるが隠しきれない銃身が林立している。驚く歩道の人々。
「わあっ戦争か?!」
先頭車の運転手は狼のような顔の男だ。
「実働は3年ぶりだぜ」

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同時刻。
消防車が矢のように高速路を進む。積み木の海を見下ろしパズルの山を
見上げ、茫漠とした大都市を浅く深く・・・。
「外には大勢が必要だ。それは空機には無理だし、
 中で激しく戦うと外へ逃がすことにつながる。
 だから中は少なく外は多くさ」
「なぜ虫に大小あるのかしら」
「牝が極端に大きいのかもしれない」
「すると女王蜂のように一匹だけ?」

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同時刻。
ビルの前。
消防男「全部が大きいほうがいいんだが」
軍人「なぜ?」
消「小さいほど滅ぼしにくい」
軍「いずれにしてもでかい奴が外へ出る恐れがある。 加勢はまにあうかな」
研究員「大丈夫ですよ。まず営巣が先ですビルは大きいし・・・
とうぶん外へは出ないでしょう」
研究員は出遅れたものの、現場が気になるらしくやってきたのだ。

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同時刻。
ビル内。
大きな方のビルイーターが一匹徘徊している。
廊下から階段へ向かうところだ。
被弾損傷は無く、背には5本のツノが放射状にある。
スミレたちが遭遇した個体には無かったものだ。
6本の黒いつまさきが、ガタリガタリと床を打つ。


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