○消防署・女と男○
「胸カラ噴射シタノハ消火剤デスカ?」 「今日のは殺虫剤だ」 煙幕はようやく散って、床近く白い砂煙が低い雲のように淀んでいる。 大理石色の床と壁は煙幕で汚れて不規則なネズミ色だ。 スミレとセフキープも全身ひどく汚れてしまった。 「殺虫剤ガ効イタンデショウカ」 「わからん。性質が臆病なのかもしれない。 持ち場に戻っていろ。私は外へ戻って指示を仰ぐ」 スミレはセフキープを残して屋上への階段へと駈けてゆく。 いかにも消防機という着実な足取りだ。
同時刻。 ビルの外。 消防男は戻ってきたトンボの報告を聞いたところだ。 「牛より大きいのか」 「突起部を除き前後180センチです」 トンボのデータカードを抜いて消防車の側面に挿す。 ここにはモニターとキーボードが開いている。 「こちら現場!」
同時刻。 消防署の仮眠室。 若い女がベッドから半身を起こしてモニターを見る。 モニターには虫ビル前の光景が映っている。 女は寝間着に近い簡素な部屋着で靴を履きながら応答する。 短髪の、少年のような顔だ。丸い顔に黒目がちの眼。 「こんなに大きいの」 ビルイーターの映像に驚く。 「ネコ科コンビ出動!」 「強行調査ですか」 「そうだMDは全6機トンボは全4機」 「こっちからは5機と1機ね(トンボあと2機は現場の消防車にある)」 女は、部屋・・・部屋というよりカプセル、 モクドのライフカプセルと似たような個室・・・のドアをひらくと 2メートル下の床へ飛び降りた。折りたたみハシゴを伸ばせば 普通に下りられるが面倒なのだ。 同時に隣の部屋から若い男が着地した。公園でお菓子を食べていた、 あの男である。たまご型の顔に大きな眼。 倉庫のような場所で、消防車両とMDが数多く並んでいる。 MDはダボッとした服に身をつつみ立ち並んでいる。 頭部は、細い茎にカメラレンズのみ目立つ、ヒマワリのような形状だ。 これが空間機動MDの待機形態であり、用途に応じて装備と身体各部を [着替える]のである。男が大きく鋭い声で 「MDは頭を銃に胸をノズルユニットに換装。 攻撃対象はでかい虫だけだ。野菜トリオ!」 と言うと傍らのヒマワリ3機が一歩踏み出して敬礼した。 「相手は炎でも銃でもないから裸になれ。リープジャケットも軽くする」 リープジャケットはごく薄い宇宙服あるいは非常に厚いウエットスーツと いった感じの[飛行服]である。背部にメインノズル、胸中央と足裏に 姿勢制御ノズルがある。燃料タンクは胴に薄く分散されている。 材質はフレキシジュラミンという金属で、柔軟だが銃撃に対しては硬質に 砕ける。操縦桿は腰背部から多関節棒となり伸びている。中国古来の トンファ(40センチ程の棒の端に短い握り枝が直角についており振り回し て使う)を両手に握る要領だ。操縦桿には親指側に球状立体スライドボタン、 他方に上下スライドボタン、先端に機銃発射ボタンがある。銃は 透明ヘルメットの上にチョンマゲのように載っている。他のボタンは 各部推力に対応している。左手の操縦桿は強く握ると推力が上がるように なっている。以上は初期設定で、実際は使用者がカスタマイズする。 使いこなすのは特殊な体術であり常人には不可能だ。今回の任務は耐火性が 要らないので、布的な覆いをはずし割と細身のシルエットである。ふたりは これを20秒で装着した。形状記憶素材であり、開かれたジャケットの上に 寝て或る気圧と温度を加えるとぴたりとまとうことが出来る。彼は20才の 一年間テコンドーの日本チャンピオンであり、彼女は17才のとき 一輪車競技で北半球4位まで昇ったことがある。 男は草凪漂(クサナギヒョウ)女は包山音子(クルミヤマネコ)、 現在は[空機のネコ科コンビ]として有名だ。 ヒョウ「行くぞ!」 ネコ「花は中に」 ヒョウ「野菜は上だ」 小さめの消防車に二人は乗り込む。 花と呼ばれた3機のMDは後部の立ち席に入り、 野菜トリオは推力を発して屋根に飛び乗った。
○連携する軍と消防○
消防車はすべるように街へ出た。 「私たちだけで足りる?」 「屋外を軍が固めるのさ」
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同時刻。 別の道路。黒い大きな軍用トラックが3台走る。荷台は高い塀に囲まれて いるが隠しきれない銃身が林立している。驚く歩道の人々。 「わあっ戦争か?!」 先頭車の運転手は狼のような顔の男だ。 「実働は3年ぶりだぜ」
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同時刻。 消防車が矢のように高速路を進む。積み木の海を見下ろしパズルの山を 見上げ、茫漠とした大都市を浅く深く・・・。 「外には大勢が必要だ。それは空機には無理だし、 中で激しく戦うと外へ逃がすことにつながる。 だから中は少なく外は多くさ」 「なぜ虫に大小あるのかしら」 「牝が極端に大きいのかもしれない」 「すると女王蜂のように一匹だけ?」
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同時刻。 ビルの前。 消防男「全部が大きいほうがいいんだが」 軍人「なぜ?」 消「小さいほど滅ぼしにくい」 軍「いずれにしてもでかい奴が外へ出る恐れがある。 加勢はまにあうかな」 研究員「大丈夫ですよ。まず営巣が先ですビルは大きいし・・・ とうぶん外へは出ないでしょう」 研究員は出遅れたものの、現場が気になるらしくやってきたのだ。
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同時刻。 ビル内。 大きな方のビルイーターが一匹徘徊している。 廊下から階段へ向かうところだ。 被弾損傷は無く、背には5本のツノが放射状にある。 スミレたちが遭遇した個体には無かったものだ。 6本の黒いつまさきが、ガタリガタリと床を打つ。
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