○トンボとスミレ、屋上から四階へ○
翌朝。
低い朝日の逆行で巨大な街は複雑な凸凹のシルエットを見せている。 塀はすでに完成している。 高さ5メートルで、戦隊が活動できるようビルから数メートル離れて囲んで いる。塀の入り口の扉は今は開いている。 前日の面々が入り口近く、塀の内側に集まっている。 「リトルサンは今最終テストを行なっているところです」 「いつ届く?」 「あと1時間ほどで」 「スミレ!」 「はい」 消防男に呼ばれて応えのは昨日と同じヘチマ頭のMD(メカドール)で、 今日は背部に半円筒のボンベを外付けし、そこから伸びたパイプが肩越しに 胸中央の小さな箱につながり箱から3センチほどのノズルが突き出している。 スミレの頭のてっぺんには[トンボ]が載っている。 これは半リットルボトルほどの本体に回転翼をそなえたヘリコプターで、 静止時の翼はふにゃりと垂れている。[顔]はやはりカメラそのものだ。 腹部中央に一基の[脚]があり、三本指でスミレの脳天をつかんでいる。 「自動消火機を停止してこい」 「了解」 「トンボは見える範囲で先行しろ」 ビューン! トンボは舞い上がった。 胴に大きく「A」と書いてある。
スミレはビル側面の非常階段を上ってゆく。 乾いた靴音とともに。 カン カン カン カン それを見あげてミラプラ親父は 「一階の入り口を塞いじまってすみません」 と詫びた。
この時代、分子化学に革命が起き、水より軽い鋼鉄やスイカ大の 人造ダイヤなどが次々に開発され様々に利用された。 メカドールもその産物である。
スミレは階段を上り詰めると屋上に立った。24メートル四方の 床の中央に、人ひとりを包むほどの直方体が立っていてドアがある。 それを開けると下りの階段、4階へ降りる道である。 まずトンボが入り、スミレが続いて下りてゆく。 「まず4階を見てまわる。順路を案内しろ」 「コチラデス」 応えたのはそこに待っていたセフキープ4号だ。 二機のメカドールは廊下を進む。 角を曲がったところでセフキープが 「アッ!異変デス」 と脚を速めた。床の一部が砂状になり直径1メートルほどの 浅いすり鉢型にへこんでいる。 「これは一匹や二匹じゃないな」 「採取シマショウカ」 ザン! 突然そこから一本の、ビルイーターの[口吻]がほぼ垂直に突き出した。 ただしその太さと長さはスミレの腿ほどもある。 比率から考えると、本体は牛ほどの大きさとなる。 ザザザザ! 砂が湧き上がるように盛り上がり、海面に浮上する鯨のように、 それは姿を現した。
○牛より大きな甲虫○
まずその長靴ほどの頭部。本体背中前半から短い首が生えて、前後 40センチほどの水平菱形の不気味な顔が載っている。目が四つあり、 菱形の各辺近くに一個ずつ黒く光っている。中央に短く深い溝がある。 口吻は頭部ではなく本体の先端から伸びており象の鼻のように動いて いる。先端はスコップ状で、これは「砂」を食べるためだろう。 胴本体は鶏卵を縦に二分割して伏せた形で、細い方が前である。 前後は180センチほどで、さらに60センチ程の尾部が付いている。 尾はパソコンのマウスを厚くした形で細いほうが後ろ。胴の背は一面に バラスト(線路などの小石)を敷きつめたかのようにでこぼこしている。 脚は3対6本であり、前足の先端は鋏だがその「肘」からは体重を支える ための突起が伸びている。中脚と後脚は普通の昆虫同様二つの膝があり、 全長は胴の横幅をいくぶん越える。ようするに大雑把に言うと、牛より ひとまわり大きな甲虫といった怪物だ。体色はコンクリートと同じ白で 無地である。今そいつはコンクリ粉塵を巻き起こし砂のしずくを たらしながら床の上に這い上がった。 「ワーッデカイ!」 「採取は難しいな。トンボ!知らせに行け」 連絡機は今来た通路を逆行し飛び去る。ビルイーターはMDたちに 向かって歩き出した。じゃりじゃりと砂を踏みながら。 「我々の進入からビルの出口を知ったのかもしれない。武器はあるか?」 「対人銃ガ」 「撃て!」 セフキープは背中の大きな箱に手を回すと上面を開いてピストルを取り出し、 数射を行なった。乾いた音が廊下に響く。 パン パン パパン 撃たれたビルイーターはパラスト層を部分的に砕かれて破片を散らしながら、 歩き続ける。MDたちは後退する。そしてビルイーターは頭部の溝から 黒い液体をゴルフボールほどの量ぴゅっと噴出させた。1メートルほど飛んで、 ボン! と爆発的にふくらむ。黒く厚い壁は一瞬で廊下を遮る。 「煙幕ダ!」 セフキープの言葉が終わらぬうちにスミレの胸のノズルから 白い薬剤が激しく噴霧された。煙幕は押し割られていくつも渦を巻いて 散ってゆく。その中を、向きを変えて遠ざかるビルイーター。 駅伝走者の速度で駈けて見る見る小さくなる。 セフキープは射撃を続けたが煙幕の反流に隠されて当たったかどうか わからない。 ビルイーターはその先の角を曲がって、難を逃れた。
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