女はキッチンでふたり分のコーヒーをいれた。 普段との違いは男のカップに或る薬品を加えたことだ。
男は小さな窓がひとつある小さな部屋で 小さなテーブルを前にしている。
女はそっくり同じふたつのカップから、 男のをテーブルにゆっくり置いた。 次に自分のを。
ふたり黙って互いを見ている。 こうして見つめあうのも最後だ。 男が言った。 「砂糖をとって来てくれ」 二人ともブラックしか飲まないのに? 「今日は特別さ」 そう言われると女は立ち上がりキッチンへ。
男は、女がいない間に二つのカップを入れ替えた。
やがて女が砂糖を持ってきた。 男はそれを自分のコーヒーに入れる。
ふたり同時にカップを持って飲む。 すると 女は急激に眠気を覚えた。驚き、 「あなた!…」と言いかけたが床に崩れた。 男は立ち上がり窓の外を見た。 すでに、肉眼でわかるほどの大きさに地球が見える。 あと2時間もすれば、隕石群で故障したこの船は 大気の中で燃え尽きてしまうだろう。 脱出カプセルもひとり分を残して壊れてしまった。
男は眠った女を抱えるとエアロックに向かって歩きだした。 そこに自動操縦のカプセルがある。 女を乗せて扉を閉めるのだ。 彼女が睡眠薬を入れるのはわかっていた。 目的はともかく。(この船に毒薬は無い)
男に迷いは無かった。妻を愛していたからだ。
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