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作品名:コンビニ戦争 作者:砂野徹

最終回   コンビニ戦争


コンビ二「リング」の、道路を隔てた正面に、
或る日鉄骨が組まれ始めた。

ここは海と山の間の、幅20キロ長さ30キロ程の街である。
数年前、山裾沿いの高速道路と街を繋ぐ道路が造られた。
海岸線と山裾を直角に結ぶこの道は「動脈道路」と呼ばれた。
人口11万の田舎町に交通量を激増させた商いの血管である。
高速道路を特急列車とすればこの街は一ランク下の
ターミナルとなるからだ。

「リング」は動脈道路の海に向かって左にあり、
田園地帯と市街部の境である。
つまり、高速から下りて来た車が最初の買い物に
停まる店であり、その繁盛ぶりはすさまじく、
レジの前には24時間列が絶えないほどであった。

そのリングの、道路を隔てた正面に、或る日鉄骨が組まれ始めたのだ。
それはリングとちょうど同じ大きさ・形であった。リング店長は店員を
集めて接客態度の精度を上げるよう訓示した。正面の建築物は完成し、
コンビ二「スマイル」の看板が掲がった。

スマイルは、[街から高速道路へ上ってゆく車が最後に立ち寄る店]
として繁盛した。リングの方はというと、客は減ったが大変な繁盛が
普通の繁盛になったぐらいで致命的ではなかった。両店で近所住民の
客を二分することになるが、道路客だけでも充分経営が成り立つのである。

この共存状態は1年ほどしか続かなかった。動脈道路の2キロほど上流の、
田んぼばかりの風景の中に鉄骨が組まれ始めた。それは海に向かって
リングと同じ左側であった。建築物は完成し、コンビ二「ハッピー」の
看板が揚がった。

ハッピーは高速からの下り客をリングの前に吸収してしまう。客が激減した
リングを、スマイルの店長は屈折した気持ちで道路ごしに眺めていた。

やがてリングは閉店した。シャッターを下ろし看板も外され、
横倒しになった巨大な墓石のような姿は不気味なネズミ色の物体である。
店舗経営は恐ろしい世界だ。何も間違っていないのに、上流にライバルが
現れたら対抗する方法が無い。

スマイルは近所住民客を全て相手にし大変な繁盛となった。
店長は疲労困憊したがやはり喜びは大きい。リングは潰れスマイルが残ったのだ。
自分が相手を倒したわけではないが・・・。



或る夕方。
かつてリングとスマイルを繋いでいた歩道橋に店長はのろのろと上がってゆく。
休みが取れないので、わずかな暇にここに上がって双眼鏡で周囲を眺めるのが
楽しみとなっていた。睡眠不足で意識はやや朦朧としている。

田んぼ方面の2キロ先に、「ハッピー」の看板が見える。駐車場は満杯だ。
繁盛しているなあ。動脈道路さまさまだ。彼は向きを変えつつゆっくりと街を
眺めてゆく。小さな街だが、実感するのが難しいほどの人と物が存在し、
脈々と生きているのだ・・・。
海の方角を向いたところで彼のからだは凍ったように固まった。
しばらくはピクリともしなかったが、やがてガクガクと震えだした。
ここは街の「浅部」だからけっこう先まで見通せる。動脈道路のここから
2キロほど先に、鉄骨が組まれている。[山に向かって]左側に。
すなわち我が「スマイル」と同じ側の「上流」に。それはあの大きさ・形
・・・リングとスマイルとハッピーと同じ姿である。
彼は双眼鏡を取り落とした。
双眼鏡は歩道橋から落下し路面に激突して砕けた。
レンズが飛び散るバシャッという音に続いて
急ブレーキで軋むタイヤの音、続いてガードレールに浅くぶつかる
ボコンという音がした。が、彼には聴こえていなかった。
鉄骨建築をなおよく見ようと夢中で柵から身を乗り出した。
そして落下した・・・。



コンビ二「スマイル」の新しい店長は時々考える。
なぜ前店長は死んだのだろう?
激務に耐え切れずに発作的に飛び降りたのだろうか?
やっぱ息抜きが必要だよな。

彼の楽しみはカラオケである。
たとえ数曲でも店を出られる暇があれば、
2キロ離れたカラオケボックスへ向かう。
彼の就任後まもなく開店したものだ。




          ----------------終-----------------




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