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作品名:鮫を撃つ 作者:砂野徹

第9回   9

ナルザは熱を出して寝ていた。が、眠っているわけではなく地図を見ている。
村の地図ではなく州全体の図だ。そこへ塩屋のテイスが別れの挨拶をしに来た。
「残念だが次の鉄曜日まで滞在する余裕は無いんだ。」
「あー・・・頼みがある」
「ん?何だい」

村長は助手に役場を任せて現場を見に来た。学者が図面や手帳を見せてなにやら
説明する。

大工と鍛冶屋はそれぞれの仕事場で、ギアが描いた設計図を睨んで工作を続けている。

ギアは、白と茶のまだらのラクダのようなユニックをつれて、本来の仕事をしていた。
時々は崖の方を見やりながら。彼が村からの報酬よりナルザの成功報酬の一割を
望んだのはその方がはるかに高く、新しいユニック用の支出を補完できるからだが、
村の負担をギアの本来の報酬分減らす意味もある。その額は小さいものの、これは
ナルザが自分の取り分からギアの報酬分を村に寄付・・・鮫退治の成否にかかわらず
先払いで・・・することになるし、もし失敗したらギアの取り分はなくなることで次の
鉄曜日前に村を去りやすくなる。このような[輪の作り方]は[一割の絆]と
呼ばれている。

その日のうちに土砂と石垣の台座と煉瓦の構築は完了した。金属の台座の部品は5台の
大荷車が分載して運んできた。両端に突起や切れ込みや穴のある長大で無骨な金属棒で
ある。日が暮れてきたので組み立ては週明けとなった。明日は安息の星曜日であり、
あと櫓を組み上げるのは一日あればできるからだ。

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星曜日の夕食は贅沢なものだ。あぶった鶏肉、きのこと白瓜のスープ、チーズを混ぜた
玉子焼き、三種類の根菜と川海老のフライ、塩味の茹で黒芋、ヨーグルトソースのハム
サラダ、炒った豆と麦粉とミルクを混ぜて焼いたパン、桃のシロップ漬け、茶色い豆を
使った上等のお茶もある。食堂の天窓から見える夜空には輪のある星が輝いている。
これが拝輪教の神星であり、星曜日の夜にはやや長い祈りがあり、そのあと夕食となる。

その日の昼には炭焼きの若者と竹屋の娘の結婚式が行なわれ、村人の大半が集まり
たいへんな賑わいだった。竹屋は竹で家具や笛を作る仕事で、二人は物々交換場で親しく
なったという。歌、踊り、楽器、招かれた曲芸師や手品師の演芸、拍手と笑いと歓声で
一足早く満開の春が訪れたようだ。熱が下がったナルザは残念そうだ。
「怪我してなけりゃ俺も技を見せるんだが」

夕食の時も、鮫退治については誰も話題にしなかった。安息日は仕事のことを口に
しない。だからカノンには成功の見込みがどれぐらいかさっぱりわからなかった。
昼間の結婚式をぼんやり思い返していた。ナルザは食欲が回復しないと言って、
ヨーグルトをカップに一杯飲み込むと部屋に引き上げた。新郎新婦とその家族が教会の
夕食に加わり、ギアは別のテーブルにいたので姿を見ることがなかった。

明日は櫓が完成するだろう。


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翌日の昼遅くに櫓は完成した。ナルザがユニックの背に揺られやってくると男たちは
静かになった。彼はユニックから降りると石垣、煉瓦、金属の台座の階段を上ってゆく。
包帯が巻かれた左腕をぐるぐる回してから低い位置で止め、指を開いたり閉じたりした。
それから梯子の横棒を握って、上るかと見えたが顔をしかめて戻ってしまった。

ギアは朝から晩まで働き、帰ってからも眠るまで木屑だらけになって歯車部品を作って
いた。二日遅れた分を少しでも挽回しなければならない。風車補修は長い旅なので
一つ一つの村で少しずつ遅れたら終りのほうで大きな遅れになってしまう。猫のような
顔は細く痩せて、まるで二年も成長したかのようだ。


こうして砂曜日となった。

教会の敷地を離れるところでギアはユニックにまたがった。カノンが
「次は14ヶ月後ね」
と言うと
「いや、ナルザが成功したら僕の取り分を受け取りに来るよ経路を変えてね。
 テイスが商人の連絡網を使って旅先に知らせてくれることになっている。
 さようなら。」
と答えてギアは背を向け荷車を進めた。それからもう一度振り向いて手を振った。
カノンは再会がいつになるか考えようとして、とにかくむやみに長くはないと
気づいたのはややあとだったので、その笑顔をギアが見ることはできなかった。


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