「シース!知恵のある奴を急いで集めてくれないか。腕は裂傷と打撲で骨は無事 らしいが、俺はたぶん今夜から丸一日ぐらい熱が出て頭が働かなくなる。 それまでに作戦を決めたいんだ」 ナルザの注文で、教会で鮫会議が開かれた。100人ほどの村人が集まった。学者も 呼ばれて壇上に加わった。ナルザは病人用の白っぽい服に着替えて、脹れあがった 左腕を湿布で巻いている。他にシース、村長、物知りの老人などが並んでいる。 ナルザ「俺はとうぶん弓を引くことができない。」 村人「俺たちが力をあわせて引いてやるよ」 ナ「それはありがたいが、弓は撃つ直前に引かないと折れてしまうんだ」 村人「同行するさ。弓を引いたら塹壕に隠れる」 ナ「うん・・・。だが問題が他にもある。撃ち損じた鮫は同じ軌道を通らないことと、 近づいて撃たないと矢が通らないこと、そして奴にはおとりがきかないことだ」
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その頃ギアは牧場で白地に茶のまだらのユニックの頭をなでていた。顔はラクダに似ている。
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撃ち損じた鮫が軌道を変える習性は学者も証言した。従来の距離では矢が通らないことと 合わせて、銀色の奴を仕留めるためには3人以上の鮫撃ちがチームを組まねばならないが、 次の鉄曜日には間に合わないだろうし、その方法では成功率は低い。そこで、鮫が湖から 離水した直後を撃つ案が出た。これなら近いし、上へ向かってではなく水平に撃つから 矢も通る。崖の上から狙えればよいのだが、そこはとても人間は上れない。そこで、崖の ほぼ真下に、台を建てる。ナルザが大テーブルに地図を広げて地面の高度を読む。 20メートル必要だ。学者と大工と鍛冶屋がその場で相談し、学者はいくつかの数式を 並べて職人たちとやりとりし、設計は決まった。土砂と石垣で高さ3メートルの台座を作る。 煉瓦を積み上げて固定し4メートル増し、その上に金属の台座を固定する。これが3メートル。 あと10メートルだ。その上に櫓を立てる。下方は太い木材で、上にゆくにしたがって細くし、 最上部3メートルは竹である。その櫓ができれば今後あらたな鮫が現れても楽に退治できる ので、費用は村の負担。労力は、村人が力を合わせる。ここまでは順調に進んだ。しかし ひとつ問題が残った。櫓の頂上には一人分の広さしかない。弓を引くことができないのだ。 みんな黙ってしまった。夕刻となり、ランプを灯そうか迷う時刻だ。そのときカノンが 入り口をゆびさしてその場ではじめて口を開いた。 「ギア!」 みんなそっちを見た。夕日を背に小柄な影法師がやってきたのだ。壇上の石版に白墨で 描かれた図を見ている。村人が口々に、 「ナルザの弓を一人で引く仕掛けはつくれるかい?」 と尋ねると、あたりまえのように 「作れるよ」 と答えて、こう続けた。 「ナルザ!失敗したら僕は報酬はいらない。成功したら鮫代の1割をくれ。どうだ?」 あいかわらずまったく少年らしくない態度にナルザはニヤリと笑い、 「お前も立派な鮫撃ちだぜ」 と応じた。
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翌日、[黒い鏡]をほぼ真下から見上げる場所で土木工事が始まった。千人ほどの 男たちと百頭ほどのユニックが土や石や木材を運んで集め、運び上げ、くみあわせ、 固定してゆく。煉瓦屋と材木屋は大儲けだが、一割を村に寄付した。これは千人分の 昼食代となった。ねじり揚げパンとゆでたまご、乾燥レモンと蜜を使った飲み物。 女たちが器を運び、パンは荒っぽく投げて配られる。誰からともなく「蟻の歌」の 合唱が始まった。
♪地を拓きたいらぐ 偉大なる蟻たち 絆たる糧を運べ豊かに 築けゆるぎなき架け橋 届けわれらの願い・・・♪
明日が週末の星曜日なのだが、この日も小さな祭りのようだった。
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