その頃ギアのユニックは、背中の翼を広げた。どのようにたたんでいたものか、 翼幅は体長の倍近くある。大きく羽ばたき舞い上がった天馬は、いずこかへ飛び去る。 ギアは呆然と見送った。
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ナルザのユニックは彼の腰ベルトを咥えると持ち上げ林に向かって走り出した。 鮫はまたしても追ってくる。彼は林に投げ込まれ相棒は風のように去る。鮫は林に 突っ込んだ。
バキバキバキミシ!ぎぎぎぎ・・・。
立ち木に挟まって宙吊りとなった。ナルザはそのほんの先、2メートルほどのところに うずくまっていた。左腕は真っ赤に染まっている。右手はボウガンを握っている。 鮫は樹木から抜けようと身をくねらせる。その瞳の奥には暗い紫の炎が渦巻いている。 流線型の鮫を正面から撃っても矢は浅い角度ではじかれてしまうだろう。頭部が 静止しなければ真正面の中心に当てることはできない。奴が宙吊りになっているうちに、 撃てる位置まで這って行ければナルザの勝ちだ。しかし彼が右肘で身を起こした時、 鮫を支えていた枝が折れて荷物は落下した。
ベキーッ!ズザザザザッズ。
鮫は胴を大きく反らせると尾で地面を打ち、反動で跳ねて少し後退すると、左右に身を よじらせてさらに後進し、林から脱出した。そして後半身から青い炎を噴き出すと上昇し、 崖の方向に泳いで行った。
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「・・・面目ない」 ナルザは荷車に揺られながら嘆いた。 「なに、大したもんだよ。今週の鮫の被害は無しで済んだじゃないか。」 テイスはそばを歩きながら慰めた。他にも10人ほど男たちが周りを歩いている。彼らは 塹壕の中から見物していたのだ。荷車はユニックがひいている。ナルザの左腕は血が 固まって黒い棒のようだ。誰からともなく[猟師の歌]を歌いだした。
♪君の胸の残り火 消えぬうちに旅立て 明日のすみか 時の彼方 名前の無い森 青白く濡れたナイフ 稲妻のやじり 魂の瞳で狙え こがね色の鳥・・・♪
教会に戻ると紺色の目と髪のシースが出迎えて 「病人と怪我人は面倒を見ます」 と言ったが男たちはすかさず、一斉に 「鮫は来週倒す!それまで仕事で滞在するんだよ」 と応えた。まるで合唱みたいに。ナルザはカノンがいるのに気づいて、 「肩車はしばらくおあずけだ」 と笑った。カノンも笑顔を見せた。
その頃村長は不機嫌な顔で、たくさんの陶板を並べて磨いていた。 「ナルザが墜とせない鮫は誰も手を出さないだろう。 なんとか彼に仕留めてもらわないと・・・」 と呟きながら。事件はもう村中に知れ渡っていた。そこへギアが訪れた。自分の荷車を 引いて。 「おや?どうしたギア。まだ明るいぞ。それにユニックは?」 「羽ばたいて飛んで行ったよ。」 「羽ばたいて?」 「別のを手に入れないと仕事ができない。この村で買うか借りるかしたいんだけど」 「ああ・・・それは紹介してあげる。しかし羽ばたいて?」 「背中がふくらんで翼がひらいて・・・」 「それは・・・それはウィーニックだ。眼は金色に?」 村長は陶板を磨く手を止めた。
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「眼は金色、ひづめは黒、選ばれたるユニック天を駈ける ・・・この図鑑は正しいな。」 青白く細長い学者は本を開く前に暗唱しつつギアに図鑑を渡した。 絵図はたしかにギアのユニックと同じだ。 「2万頭に1頭ほど現れる[超ユニック]であり飼い主の元には戻らない・・・か」 図書館は役所の近くにあり学者はそこに住み込んでいる。 「珍しいことが隣り合わせるのは偶然とは考えにくい。ウィーニックは銀色の鮫に 呼応して現れたのかもしれん。・・・私も見たかったなあ。話を聞かせてくれ」 「悪いけどそれはあとだよ。早く代わりのユニックを決めたい」 ギアはウィーニックが戻ってこないことを確かめたかったのだ。
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