カノンはハッと何かに気づいて本堂へ走ってゆく。ナルザは 「おーい、地図はギアの分も貰ってきたんだぞ」 と言ったが無駄だった。しかたなくユニックの小屋にゆくとギアのユニックが 荷車の取っ手ではなく荷物に紐を繋がれて雑草を食べていた。ナルザも同様に 取っ手からロープを解く。財産をユニックに守らせるのだ。
カノンは、ようこそミラウへと言ってお辞儀をするしきたりを少年に対して忘れて いた。大きな布の地図を握って廊下を急ぐのを仲間たちが不思議そうに見る。 部屋に入るとギアは紙に数字をたくさん書いていた。 「ようこそミラウへ!地図です」 カノンはお辞儀をすると相手が何も言わないうちに足早に立ち去った。ギアは 溜め息をついた。風車屋が年少なので村人の反応がおかしくなるのにまだ慣れる ことができない。迷わずに客室へ向かったのはあてずっぽうで、間違っていれば そう言われるだけでたいしたことはない。ようするに喋るのが面倒なのである。 そこへ見知らぬドーウ人の中年男がやってきた。服の腹に大きく立方体が刺繍して あるので塩屋とわかる。 「わしはテイスだ。一晩ここに世話になる」 ギアは 「僕は風車屋のギア」 と答えた。服に歯車を描いとけば仕事を説明しなくていいなと思いながら。客室は 3人用で、暖房効率のため他の部屋が空いていても一緒に泊まる。商人であっても 村に招かれた場合は教会に泊まれる。テイスは常連だから案内がいらないのだ。 「そして俺が鮫撃ちのナルザだ」 いつのまにかナルザが来ていた。 「おお!あんたが噂の名人か。銀色の奴はずいぶんでかいそうですな。 墜としてくださいよ塩がたくさん売れる」 とテイスが笑った。3メートルの鮫から100キロの肉がとれる。1キロ100エルンだから 10000エルンになり、贅沢しなければ半年暮らせる。保存加工は設備が要るから 鮫撃ちにはできないし、[仕事を独占してはならない]と聖書に書いてある。 「みなさん、私はカノンです」 カノン(ナルザを案内してきた)が唐突に言ったので男たちはちょっと驚いて顔を 見合わせた。彼女は誰に対しても名乗るのを忘れていたのだ。
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翌朝、ナルザはボウガンを部屋の柱に鎖と錠前で繋ぐと、薄いリュックを背負って ユニックにまたがり[黒い鏡]に向かった。それは垂直の湖面を光らせる断崖で、村を 見下ろすかのように聳えている。明るいが冷たい空の下、たくましいユニックは軽快に 進む。鮫が現れるのはなぜか週に一度であり鮫ごとに曜日が決まっていた。一週間は 石・銅・砂・鉄・鉛・星の六日であり銀色の奴は鉄曜日に現れる。今日は砂曜日で 明日が勝負だ。鮫は地表近くでは用心深くまた敏捷で、卵樹園などで待ち伏せしても あまり成功しない。下降する前に撃つのが得策であった。また、矢の軌道が低い角度だと、 外れた場合無人地帯を越えてしまう恐れがあるので、低く撃つ場合には鮫をどの方向から 撃つか選ばねばならない。このため地理条件の下見が必要なのだ。矢は風に流されるので 風が強い日には風上からしか撃てない。もっとも、鮫自身も風に流されるため強風日に 水中から離れない。海の鮫と同じ姿であり、鳥のように自在には飛べないからだ。また、 空気中では[息が長く続かない]らしく、距離2キロほどを往復するのが限界であった。 ところが銀色の奴は5メートルもあり普通の鮫の4倍ほどの体積があるため息が長く、 村を徘徊し卵樹を食うだけではなく大きな口でユニックを食うことがあり被害は深刻な ものとなっていた。体色は普通の灰色ではなく銀だという。これはナルザも見たことが なかった。
地図をにらみつつ村を縦横にめぐり地の利を悟ったナルザは或る大きな農家に赴き、 レモンほどの樹卵を三個と麦粉を一舛と油一瓶を買った。樹卵は果実だが味と栄養は卵で あり、人間が食べなければ離樹後20日で雛鳥が生まれる。
正午をかなり過ぎていた。ナルザは村の中央広場の隅に陣取りリュックから金属器を取り 出して組み立て、両手でライターをガリガリと回して途中拾った柴に火をつけた。鍋に 麦粉と水筒の水を入れて卵も混ぜて練ってゆく。教会で宿泊者に供されるのは夕食だけ なのだ。
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