教会はドーム型の本堂と円柱の別棟いくつかで構成されている。外壁は煉瓦で、 内部の仕切り壁は保温性の高い発泡煉瓦、床や梁は木材である。カノンは客室の 掃除を終えて干し栗を食べながらひとやすみしていた。長い黒髪は後ろにまとめて 細い布で結んである。布は古いカーテンを雑巾にする前に裂いたものだ。教会内の 仕事で最も労力を要するのは掃除で、女は水運びなど力仕事をしないから彼女は ほとんど掃除ばかりしている感がある。クリーム色の肌に切れ長の大きな目、 黒い虹彩。祖先はニイフという国から流れてきたらしい。教会の住人は30人ほどで、 成人すなわち16才になると外部の仕事を周旋されて他所で働くことになっている。 女は成人即結婚する習わしであり彼女は15才だった。
「カノン!風車屋さんの到着よ」 窓から呼ぶシース(教会主)は水色の肌に紺色の眼と髪の女性だ。40才ぐらいで、 黒い長いドレスに身を包んでいる。カノンは干し栗の袋をスカートのポケットに 仕舞って立ち上がった。 「どこ?お客様は」 カノンは自分より背が低い少年が風車職人とは思えなかったのでギアに尋ねた。 ギアは何も言わずに、鞄から金属板をとり出して見せた。ネジ留め可動部を含む、 いくつかの幾何学的な穴と目盛りがある。歯車の設計具だ。カノンは驚き、なんと 言おうか迷っているうちにギアは金属板をしまい、教会の作りを知っているかの ように迷わず部屋に向かった。そして 「地図を持ってきてください」 と言ってベッドに腰をおろし、 「風車と水車だけではなく時計やオルゴールも直すから、 今日中に順路を決めて明日の朝から村をまわります」 と棒読みのように喋りながら鞄から筆記具を取り出す。カノンは (なんて奇妙な少年なのだろう) と心の中で呟きながらシースのいる本堂へ向かった。その指の動きを思い返し ながら。いつか見た旅芸人の、手風琴を奏でる指に似ていた。
「シース!地図を、ええと風車屋さんが・・・」 「地図なら村長から貰ってきたぜ」 意外な方向からの知らない声にカノンが振り向くと、ナルザと荷車が近づいてきた。 彼がしばしば遠くから大声で喋るのは、聴力が優れているためでもある。相手は 大声を出さなくても良いのだ。 「あなたは誰?」 「鮫撃ちだ。荷物を見りゃわかるだろう」 「それじゃ、あの銀色の奴を退治してくれるのね?ようこそミラウへ!」 カノンは深くお辞儀した。
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