少年は荷車を曳くユニックと歩いている。彼が荷車に載るのは急ぐ時か疲れた 時だけだ。大理石色の肌に深い緑の眼と髪。14才で、猫の子供のような印象の 顔だが無口で頑固そうな顔つきは職人の血を思わせる。荷車には何に使うのか 1メートルほどの束ねた金属棒が載っている。その両端は接合のためらしく 複雑な切れ込みがある。他にもなにやら黒っぽい道具箱、そして巻いた毛布など 生活道具。そのユニックは馬に似た顔だが眼だけは猫に似ている。 少年が語りかけると 「ファオー」と応えるのだった。 「あとすこしでミラウ村だ」 「ファオー」 「水にありつける」 「ファオー」 荒野のむこうに村が小さく見えてきた。風車が何基か建っている。 「ファオーオオ」 ユニックがたちどまり後ろを見た。別の荷車が近づいてくる音に気づいたのだ。 その男は荷車を降りて、少年に呼びかけた。 「おおい!」 オレンジの肌に赤毛・・・イルギス人だな。 男のユニックはずいぶん大きい。二頭のユニックはなにやら挨拶している。 「あの村がミラウかい?」 「そうだよ。村に用なら僕についてくるといい。まず役場へ行くんだろう。」 少年が少しも子供らしくないことに男はちょっと驚いたが、微笑んで応えた。 「そいつは頼もしいな。俺は鮫撃ちのナルザって者だ。昨日も隣村で 一匹しとめた。ミラウにはでかい奴がいると前々から噂で聞いててな。」 「僕は風車屋のギア。僕がいなければこの州の風車は回らない。」
トライアは拝輪教によってよく治められており、ミラウ村も例外ではない。教会は 病院・孤児院・宿泊施設・物々交換場などを兼ねた、人々の要の設備だ。壁には 拝輪歌の詞を10番まで刻んだ石版があり、子供たちはこれで文字を覚える。村の 辻には輪架(支柱の先端に輪)が立ち、標識を兼ねたものもある。役場へ導く標識も あるが、ギアがナルザを案内すると言ったのは普通イルギス人にはドーウ語が 読めないからだ。
二人と荷車は、煉瓦作りの家が散在する村を進む。 村人の多くはギアと同じドーウ人で緑の髪と眼だ。
役場では太った村長が長い干し草で敷物を編んでいた。 役人としての仕事は少ないのだ。ギアは何も言わずに懐から、てのひらサイズの陶板 ・・・大小の輪をくっつけた形・・・を差し出した。村長は裏返して輪に沿って 刻まれた文字を読み、ギアの顔と見比べた。 「風車屋のギア・・・マハルグの息子だな」 「今期から僕がやります」 村長は理由を聞こうとしたがギアの目を見て口をつぐんだ。そして別の陶板を 引き出しから取り出した。こちらは公の仕事をするため教会に泊まるための権利証で ある。ギアのとあわせて二つを渡す。次にナルザが、くびかざりのように紐を通した いくつもの陶板をジャラジャラと出した。鮫を退治したことを各地の教会が証した ものだ。村長は驚いて立ち上がった。 「おお!あんたがナルザか!我々を救ってくれ。鮫の説明をしよう。 ちょっと待っててくれ今地図を・・・」 ギアはその声を背中で聞きながら役場を出た。水を飲み終えた二頭のユニックが 顔を向ける。
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