地上にたむろしていた見物人は、待ち飽きて居眠りしたりカードで勝負したり していたが、ナルザのユニックが突然大きく長く吠えたのでびっくりした。 寝ていた男は跳ね起きて、よくわからないまま立ち上がろうとしてくじけて 塹壕に転がり落ちた。ユニックは湖面を睨んで吠える。
フォーーーウアアアーーーーッ!
塹壕に落ちた男は地上に頭を出したが、仲間たちが次々に転がり込んでまた中で もつれた。崖の背後の空の、遠く高い雲の中から白い獣が羽ばたいて現れた。
湖面が揺れるのを見たナルザは床のレバーを足で倒す。 四方の柵は花びらのように外に開いて射界を確保した。 柵たちが垂直に垂れた時には蹴られた石が落下していた。 落下石の質量と加速度はロープを頼もしい勢いで引き、弓は深く引かれ 低い音と共にロックされた。矢を装填し結び目から閂を抜くと ロープは床を逃げ地表へ吸い込まれてゆく。この間数秒。 湖面に飛沫が膨らんだ。11時を告げる鐘の音が響く。
グリリーーンン・・・ゴウウーーン・・・・ギーンン・・・・ギーンン・・・
鮫は飛沫の中だ。高空の白い獣は下向きに羽ばたいてぐんぐん降下するがナルザは 鮫しか見ていない。右腕でボウガンを抱え一体となる。矢が通るならどこを狙っても よい。向かって来たなら口の中へ撃つ。旋廻機の幹の後ろにいるから食われない。 しかし鮫は飛沫が静まる前に青い炎を吹いて、一瞬早く垂直降下した。ナルザは 最大に弓を低く傾けて追尾しようとした。しかし、鮫が単に逃げたのではないことを 櫓の揺れが知らせた。
グシャアア!
竹部分に食いついたのだ。そもそも、櫓に食いつくのでもない限り射撃の死角には ならない。銀色の奴は賢いぞ!見物人は叫んだ。 「いかん!ナルザ降りて来い!やられちまうぞ!」 頂台を支える四本の竹のうち一本がすでに噛み破られて力を失った。 太さ15センチはあるが鮫にかかれば小枝も同じだ。 「櫓の内側をつたって降りるんだ!」 鮫は二本目の竹に食いついた。ナルザはぐらぐらと揺られながら、変角器のL字棒を 忙しくまわしてボウガンを解放した。そして腰の命綱をほどいた。二本目の竹が 砕かれて床は大きく傾いた。
ベキベキギギギギギシィィィ。
ボウガンを両手で抱えたナルザは危うくバランスを取りながら下界に鮫の尾を見た。 奴はつぎに、少し櫓から離れて、三本目に食いつく。その動きを先読みし確定すると、 床を蹴ってふわりと宙に舞った。空中ならボウガンの重さは問題にならず、操るのに 左腕の力はいらない。獲物は5メートルと離れていない。 鮫撃ち機械は空中で逆さまとなり銀色の巨体に向かってひきがねを引いた。 「あばよ鮫野郎!楽しませてもらったぜ」 浮き袋を破られた鮫は藍色の気体を噴き出した。
グバーム!
きりもみ状態で斜め下に遠ざかり見る見る小さくなる。 あおられて逆方向に飛ばされたナルザは吠えた。 「見たか!俺はトライア一の鮫撃ちだ!」 銀色の大鮫は隕石のように大地に激突し、藍色の火球を中心に破裂し四散した。 その爆発音は祝砲のように教会まで響いた。 ナルザはというと、ウィーニックの背中に受け止められて驚いた。 そして、自分の落下を忘れていたことに気づいた。 「しまった!いや助かった・・・!」 ウィーニックは長大な円弧軌道を降下し、低く滑空しながらナルザを地面に転がすと、 着地することなく空へ帰ってゆく。見物人の中にいた学者は駆け出し、 むなしく呼びかけるのだった。 「おおい!もっと姿を見せてくれえ・・・」 地面のナルザと、彼を囲む村人は笑って、空に向かって手を振った。 「はははは!ウィーニック!ありがとう!」
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