20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:鮫を撃つ 作者:砂野徹

第10回   10

夜が明けるとナルザはユニックにまたがり出発した。荷物は何も無い。
炎のような長髪をなびかせて鷹のような男が「黒い鏡」を目指す。
崖に立ち向かうかのような櫓の姿が低い朝日を受けて長い影を地面に
投げている。ナルザはユニックを降りると階段を上る。近くに小さな
土の山がある。見物用の塹壕が掘られているのだ。しかしまだ誰も来て
いない。ナルザは梯子を上る。左腕の力は戻っていないが握力は回復した。
左手は横木をつかめさえすれば右腕の力で上ってゆける。

櫓を上りつめると1メートル50センチ四方ほどの頂台で、
そこに厚い布の低くいびつなテントのようなものがある。布を除くと
あのボウガンが、切り株のような旋廻装置の上で彼を待っていた。頂台は
高い柵に囲まれている。ナルザは、切り株に繋がれたロープを腰のベルトに
結び、命綱とした。次にボウガンをまわしてみた。前日の練習と同じように
音もなく回る。機械油の匂いが強くなる。次に上下角の動きを試す。適度に
締めたネジにより、右腕だけで角度を変え、また固定することができるのだ。
この変角器ごと台の上で旋回する。ボウガンは外付け変角器の、鷲の足に似た
部分につかまれ固定されている。着脱用のL字棒が突き出している。それを
受ける金属の切り株は太い木材を組み込んで床に固定してある。床の鉄の
大枠に十文字の木材を突っ張った形だ。切り株の小さな突起が数本の矢を
立てている。その傍には短いレバーがにょきりと生えている。また、床の
一端には滑車が外に向かって突き出している。ロープが滑車を一回巻いており、
その端は一個の大きな石に結ばれている。30キロぐらいありそうだ。真ん中
当たりがへこんで縛るのに良い形だ。滑車を巻いて床に戻ったロープのもう一つの
端はボウガンの横木に結ばれていて、結び目にはナイフほどの金属棒が閂のように
差し込まれている。これを抜くとほどけるのだろう。滑車・横木間のロープは
かなり長く、ぐにゃぐにゃと旋廻機の根元に集められている。他に上着ほどの
砂袋が二つと、毛布と、あの薄いリュックもある。旋廻台は崖の湖方向に寄った
位置にあり、ナルザが落ち着くのにちょうどよい広さが後ろ半分にある。毛布に
くるまり砂袋を敷いて腰を下ろしたほんの目と鼻の先に垂直の湖面が在る。鮫は
いつも湖面下端から現れる。彼は右目を閉じ左目だけで半透明の藍色の水を見据える。
矢を射るときに右目を使うのだ。これが長時間獲物を待つときの方法である。獲物は
いつ現れるかわからない。弱いが冷たい風が流れている。

教会の鐘の音が聴こえてくる。

グリリーーンン・・・ゴウウーーン・・・・

朝の7時を告げているのだ。一日は24時間である。陽はしだいに高くへ移動する。
見物の村人が集まってきた。時間はすぎてゆく。

鐘の音が10時を告げても、ナルザは左目だけで湖面を見据えていた。
何を考えているのかその姿からはわからない。

藍色の光が揺らめく中で、銀色の巨体が鏡を破ろうと進んでいた。
その瞳の奥では、暗い炎が渦を巻いている。


      


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3248