鮫撃ち仲間の中でもナルザの腕は定評があった。獲物を待ち続ける執念と ボウガンの命中率の両方を備えていたからだ。身の丈180センチとあまり 大きくはないが磨きぬかれた彫刻のような体は筋肉のひとつひとつが 生き物のように動き、オレンジ色の肌と燃えるような赤毛、青い目と 細い鉤鼻と大きく弓のような口、さながら[人間の鷹]である。26才と 人生の半ばにさしかかったものの、ここ5年ほど太陽の様な男である。 今この瞬間も空を睨んで標的を待ち続けている。
鮫は空のライオンだ。真空より軽い気体を体内の浮き袋に生成して水中から 現れる。彼らの住処「湖」は雲に包まれて移動するものもあれば、岸壁に 垂直の湖面を見せているものもある。崖の湖はどのような作用で安定して いるのかはわからない。聖なる「地の海」は我々人間を生み、 邪(よこしま)なる「空の海」は鮫を生んだ。
トライアは寒い国だ。春浅くまだ希望は土に眠っているような季節、荒地に 一人ナルザは立つ。いや、相棒のユニックが傍にいるが。ユニックは馬に 似た生き物で頭に一本のツノがある。個体差が大きくその頭部は馬に似て いたり虎に似ていたりする。ナルザのユニックは牛に似ているがその眼は鋭く、 やはり鷹のようだ。ちいさな荷車とつながれ、荷車の後半には生活道具が 小さくまとめられ、前半には弓幅1メートルを越える巨大なボウガンが置かれ これまた空を向いている。
空を仰ぎ続けていたナルザが低い口笛のように呟いた。 「お出ましだ」 すばやく荷車に乗るとボウガンの短い横木に両足を踏ん張り、両脚と両腕と 胴と胸と肩と、「ウオッ!」という短い掛け声を使って弓を引き絞って ガキンとロックした。矢・・・鮫を墜とす以外には使い道がない、禍々しい 先端の・・・を装填し、大地に踏ん張って構えた。今や彼とボウガンは一体の 機械である。空に鈍く光る湖から泳ぎ出た鮫は、高度を下げて卵樹園に 向かおうとする。卵樹は村人の命の糧だ。鮫は20メートルほどの高さまで 下がってから平行に移動する習性がある。3メートルほどの体をゆらめかせて ・・・地上の鮫撃ち機械の存在は見えてはいるがそれが何か理解していない ・・・平行移動に移りつつ、加速して熟れた果実に突入するため尾びれを 振ろうとした。が、それより早くナルザはひきがねを引いていた。 矢は音も無く的に吸い込まれまばたきも許さないような瞬間に、鮫は横腹を 射抜かれて浮き袋の気体を噴き出した。 キリモミ状態となって落下する。・・・落下する・・・。
ズドオーーム!
地響きが祝砲のように成功を告げる。遠くで村人が歓声を上げた。
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