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作品名:終末人形 作者:砂野徹

第8回   決壊の予兆

なぜ俺だけが助かったのだろう?いや、もっと根本から考えないとだめだ。
考えの叩き台として精神物理学入門に好意的に、理論と合う現象を
あてはめてみよう。
・・・・
記憶をとりもどした流介の頭脳は、それまで曖昧模糊とした状況の手がかりを
広く探していた状態から折り返して、11月4日からは答に向かって収斂を始めた。
この状況では行動より思考が先なのだ。エーテル人形が天界と人界の通路で
あるらしいから、エーテルの機能を停止する信号を入力すれば解決するのかも
しれない。しかし逆に、とりかえしのつかない事態になるかもしれない。
たとえば人類すべてが溶けてしまうというような。今、人形が人形を増やし
続けているわけだが、この工房の手作り法ではたいした増え方ではない。
また、次に奴らに近づいたら俺も溶けてしまう恐れがある。溶けないことの
確定が望ましい。何によってどうなるかまださっぱりわからない。外部に情報を
漏らしてはならないという直感はこれに起因していたのだ。

そもそも、どのような信号を入力すれば正しく停止するかもわからない。単に
クレバーエーテルなら壊し方はわかっているのだが、現時点ではなんらかの
変質があるだろう。分析と立式を交互におこなう必要がある。

立体分子式の検証にパソコンが必要になる。そうだ!俺のパソコンがあるはずだ。
たぶんボンベにつながったまま。

あっ!ゴリラのこともすっかり忘れていたぞ。流介は携帯を取り出した。これは
電話やテレビの他にナビ機能もある。調べるとゴリラはやはり工房にいる。
流介は指示を打ち込んだ。パソコンをボンベメカから外してここへ持ってくる
ように。エーテルに信号を入力する時も彼にやらせれば良いのだ。あの七肢機は
人類の救世主になるかもしれない。

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昼休みである。
リコは喫茶・軽食店[森の椅子]を訪れた。
「いらっしゃいませ」
仮面のウェイトレスが愛想の良い声をかける。リコは着席すると、グラタンと
カレーライスを注文した。彼女は常人の数倍のカロリーを消費する。これは
脳の活動のためらしい。前日はどう終わったかというと、暗唱でとりあえずの
説明はついた格好である。とりあえずというのは[精神物理学入門]自体が
未完成な理論の提唱でしかないからだ。我々はどうするか?ガレドリームへは
行くべきか?については全員一致で「保留」であった。エルエーテルの発言が
言葉どおりの意味あるいはそもそも発言として意味があるかはっきりしないし
何か罠のような印象もある。分解されて初めてメッセージを発するのは妙な
ことだ。エルが人形と発覚するのはずっと後だった可能性もある。そんなに
[急がないメッセージ]があるだろうか。ガレドリームへ招きたいなら人形が
ここを訪問して発言すればよく、エルの偽者になる必要はない。突発的な
超常現象であり「何もしないのが一番ましで、一回きりで終わる」のかも
しれないし、行動を起こすにしてもデータが少なすぎる。しばらく様子見と
するのが妥当であろう。ただしマネキン仕様の観用機には要注意だ。だから
リコは仮面のウェイトレスに注目していた。
・・・エルはどうなったのだろう・・・と考えながら。リコの斜め前の
テーブル席の男に手招きされてウェイトレスが
「何になさいますか?」
と問うと、男は
「ピザトーストセット。飲み物はオレン・・・」
と言葉が途切れて動かなくなった。リコは目を見張った。男は等身大の写真が
よじれたような姿になり、次に膨らんで半透明になり、煙のように服から抜けて
ゆく。顔は夢見るような表情だ。そして空中に消えた。リコは立ち上がって、
アマレスラーのように身構えた。他の客も次々に空中に溶けてゆく。ドアが
開いて新しい客が入ってきた。ウェイトレスは何事もなかったかのように
「いらっしゃいませ」
と応じたが、客は床に服が散乱しているのを見て
「な、なんだいこれは」
と言ったがそのとたん写真のように固まった。


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