20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:終末人形 作者:砂野徹

第4回   謎のエーテル

★さかのぼる。11月1日★

流介は「精神物理学入門」のダウンロードを終えて、読み始めた。
[ 序章
 たとえばクラゲの笠には眼点と呼ばれる光を感じる神経が散らばっており、
 その場所の明暗と、光の方向を知ることができる。これがクラゲの視世界で
 ある。もしクラゲがじゅうぶん賢ければ、「俺には感じることができないが、
 まったく想像できない感覚が示す、未知の情報があるかもしれない。むしろ、
 あるだろうと考えるのが自然だ」と推測するだろう。人間でも同じことで、
 電子顕微鏡や電波望遠鏡、あらゆる計器や試薬は結局最終的には観測者人間の
 五感だけに届く情報である。

 ダーウィンは科学者ではなく迷信家で、雨乞いの後で雨が降ったら雨乞いの
 おかげだと思い込むタイプである。淘汰説で説明できない進化の方が10万倍も
 あり、組み合わせに必然性が無いことは明らかだ。キリンの首の長さのように
 個体差としてありうるものしか説明できないのでは話にならない。ミミズの
 心臓は血管の一部に伸縮機能があるだけだが高等生物では複雑なポンプである。
 これは構造の違いであって程度の違いではなく、個体差としてはいささかも
 現れない。また、ミミズが節足動物に進化したところで生存率は上がらない。
 爬虫類あるいは恐竜が進化して鳥になったのは途中の姿の化石から明らかで
 あり、羽は鱗が変化したものだ。しかしこれも淘汰によるものではない。
 なぜなら、途中の姿で羽ばたいても離陸できず生存率は上がらないからその後に
 つづくことはない。また、ウズラなどの卵の迷彩模様は生まれる直前に産道の
 でこぼこが粘液によってプリントされるので、雛鳥の体にその情報は入らない。
 では進化の真因は何か?

 まず、手順として淘汰説を否定するのが先決である。間違いの指摘にはその証拠が
 あればよく正しい答は要らない。代案を示す義務があるのは相手の案が良否の
 大別で良い方に入っている「ましな」場合で、本件ではまったく間違っている。
 名古屋から大阪へ行くのに何番線かわからなくても「東京行きへ乗ってはなら
 ない」は正しいのだ。真相を知るためには誤認をはっきり退けることが先決なので、
 「ではどうすればよいのか」という質問を以て間違いの指摘を妨げることは
 できない。]

流介は妙な気がした。これは彼自身が議論するときによく用いる文章であり、
彼のオリジナルなのだ。


★元に戻る。 11月21日★

試作工房が同じビルにあり、それは外観部と内部機関部に分かれている。
後者は社内で内臓屋と呼ばれている。デザイン局長が電話で呼ぶと、
そらいろの作業服を着た内臓屋が一人分解具を携えて現れた。
「他社製品が紛れ込んだ。中身を見せてくれ」
「おかしいな?開口部がありませんよ」
「切り開いてくれ」
内臓屋は、切る深さを精密に調節できる手乗り丸ノコを使って人形の腹を
切った。
チュイーーーン!
細い音が流れる。数センチの三角形に切り、千枚通しを入れてパコッと外す。
そのとたん、液体とも気体ともつかぬ流体がビュルビュルと噴き出した。
黄緑・緑・深緑・水色・青・紺・のまだらで、どの色も半透明である。重い
煙のようにゆるゆる昇ってゆく。昇るのは上向きに噴いたからで、重さは
空気と同じぐらいだろう。粘性がかなり高く、あまり広がらない。

一同は驚いたが、普通のメカではないと予想してもいたので複雑な
「ああー・・・」
という声をたてた。内臓屋はわけがわからなくて流体と人形と
デザイン屋たちを順繰りに見ている。リコ以外がそろって叫んだ。
「なんだこりゃあ!」
リコが
「サイコエーテルだわ。精神物理学が予言していた・・・。」
と言うとみんな振り向いた。彼女は読める本をすべて読んでいる。しかし
リコは説明を始めるのではなく
「あっ!!」と驚いた。
みんなはエーテルを振り返った。天井近くにたゆたっていたエーテルの
中央に或る形が生まれていた。エルの顔である。彼女は歌うように喋った。
「ガレドリームへ行きなさい」
「うわあああ」
気の弱い者は腰を抜かした。
「ガレキメーカーだな。そこがこの人形を作ったのか?」
局長が問うたがエーテルのエルは形が崩れて、全体が急激に拡散して、
消えた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 23