社長人形は糸が切れたマリオネットのようにくたくたと、畳まれたみたいに 崩れ落ちて動きを止めた。天界側のエリート機は基本的に可動マネキンだが、 運動性を高めるため胸・腹・首にダンゴムシの背のような分割がありそこは黒く、 他は暗い灰色である。肘から手首にかけて外付け硬質帯があり、社長の頭を 割ったのもここを打ちつけたのだ。エリートの頭部は人間というよりコオロギの ような感じで、うす墨を流したようにまだらに黒い。今、彼とリコの距離は 4メートルほどで、エリートの前には社長の机がある。そしてリコの少し後ろ には細長いテーブルが横長に、ある。社長の机は小ぶりでシンプルな木造で、 浅い引出しがひとつあるだけだ。リコはクラウチングスタイルで低く構えた。 大きな相手を倒すには足から崩すのがセオリーだ。奴は目の前の机を どうやって越えるか?机を前に蹴ったら左へ地転して避けつつとりあえず距離を 保とう。机に踏みあがったら私は低く跳んで、伸ばした闘竿を振り下ろして奴の 足の甲を割ろう。奴が机を押しのけて進んできたら・・・しかしエリートは いずれの方法もとらず、左腕をL字に曲げボクシングのガードのように用い 左半身となり、机の右手前の脚の付け根を右手で握った。これは、スキが無い。 奴は机を右へ投げて除くのだろう。足を見ると踵を浮かせ膝を軽く曲げて立って いる。半身、ガード、油断の無い猫背。こいつは、ボクサーか。ボクサーを宙に 溶かして技能を吸収したか。ボクサーと戦うにはどうするべきか。 どうするリコ? 予想通りエリートは机を右に投げた。ガンゴンと木の音を立ててひっくりかえる。 右腕は左よりやや低く後ろに引きやはりL字、上体をわずかにぐねぐねと機敏に 躍らせる。彼の前にはまだ椅子がある。それを左のスネでガッと蹴るとリコの 顔に向かって跳んできた。リコは最小限にサイドステップしてこれをかわした。 (ガードすると動きがとまり攻め込まれるのだ)社長人形が崩れてからここまで 4秒ほどである。その丸椅子も小ぶりで軽いものだ。背後のテーブルでバウンド してその後ろへ落ちて転がった。リコはそれを見なかったが、音から後ろの 壁近くまで遠く転がったことを知った。カメラ仮面はそのあたりに立てたのだが 無事である。リコは闘竿をポケットから出すと先端の錘を両手で包むように持ち、 前傾姿勢のまま両足を揃えた。ボクサーはすべるように前進する。リコはさらに 身をかがめ、次に逆に大きく伸びて後ろへ跳躍した。後方空転である。 テーブルを越えるとき身を丸めて時間を短縮し着地、すかさず低くダッシュして 床をすべり、テーブルの下を抜ける。ボクサーはテーブルを倒そうと蹴ったが、 リコが抜ける方が早かった。蹴り倒しは間違いないと予測して迷わず スライディングしたからだ。ボクサーは一瞬リコを見失った。リコは片腕を ボクサーの足に引っ掛けて、そこを軸として90度回転して止まり、後ろから腰に 組み付いて両手首をロックした。やはり相手はボクサーで、下半身への 組み付きには対応できない。そして反り投げの要領で持ち上げた。案の定、 たいした重さではない。35キロというところか。このままスープレックスで 叩きつけても効果はあまり望めない。首と上体が柔軟だからだ。自重の小ささも 彼に味方する。しかしリコの目的は最初から別にある。ボクサーを担ぎ上げると、 後ろ向きに数歩走り勢いを利して窓に向けて投げ放った。激しい音とともに ガラスは破れ、ボクサーは廊下と呼ぶにはむやみに幅ひろい床にガラス破片の しぶきとともに斜めに落下した。身をひねって受身を取ったものの軽いがゆえに 大きく跳ねて、壁にぶつかってもう一度床に転がって、止まった。しかし 彼自身にダメージはなく、よどみない動きで立ち上がり室内へ戻ろうと 破れた窓に手をかける。そこにスキが生まれた。どのような入り方でも必ず 防御態勢が崩れる。ここまでをセットとしたリコの作戦だ。狙い澄ました一撃、 大きなモーションから闘竿の先端がボクサーの無防備な顔に向かって伸びる。 グシャーーー! それはめり込んだ。顔の弾力がバネとなってボクサーは後ろ向きに、 再び廊下に倒れた。リコはマズイという顔になり、カメラ仮面のマイクと 自分のベルトに固定してある電話に聞こえるよう叫ぶ。 「エリートの材質は弾力がある!鈍器では倒せない」 するとカメラ仮面がデザイン局長の声で答えた。 「一階へ戻れ。武器がある」 もちろん流介からもすでにヒューマシンへ電話しており彼らは連絡がとれて いる。(彼はパソコンから手が離せないのでその操作はゴリラが手伝った)
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