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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第8回   8
5時を過ぎると、営業の立花が戻ってきた。夕子は彼に外出の行き先を告げ、仕事用の鞄を持ち、事務所を出た。屋外は梅雨の季節で空は重い雲が垂れ込め、高層ビルは半分雲の中だった。彼女は空を見上げ、傘を持ってこなかったことを悔やんだ。しかし、彼女は戻るのをやめて、地下鉄の駅に向った。
 豊製薬は地下鉄三越前駅から歩いて十分程のところにあった。担当の関本部長とはもう三年のお付き合いである。夕子が横山社長に誘われて、今の会社『アブニール』に入社して早々社長に営業を任されてからだった。
仕事の打ち合せが終わると、いつも個人の話になった。その日も車内広告の日程の確認を済ませると、自然に横山社長の話題に移った。
「この前会ったときは、雑誌をやりたいと言っていた。」と関本部長は呆れたと言わんばかりの口調で言った。「反対だと言ったけれど、奴さん真剣だったな。何でも大人が読んで面白いもの、読む価値のあるものを出すのだ、娯楽であって、娯楽だけではない、硬すぎず、そうかといって柔らかすぎず、自然と読者が引き付けられるそんなものをやってみたいと言っていた。雑誌は売れない、そのうち大損をして今の会社までおかしくなるよ、と言ったら、いや儲からなくてもいい、だけど損はしない、と張切っていた。きっとやるな、あの様子だと。」
「へえー。そんな話きいたことないですわ。社内でも噂なんかないし。」と夕子は社長の意外な一面を見たような気がした。社内では厳しい社長の顔しか見せなかった。それともやりたい仕事は山程あって一々公表していたらきりがないのかも知れなかった。いずれにしても用意周到な社長のことだからやる間際には発表するに違いない。現業が順調だから夕子には新規事業は興味がなかった。
「社長は堅実だから、社員には漏らさないかもしれない。だけど自分なりに調査をして、目途はたっているみたいだ。もう直ぐ発表するでしょう。」
「初耳なので、驚いているわ。」夕子は少し動揺したらしい。言葉が出なかった。
「社長には私が言ったとは言わないでね。お喋りだと誤解されるから。これでも口が堅いほうで通っているから。」と関本部長は弁解した。


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