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作品名:当世女性気質 作者:石田実

第61回   61
「うちの会社では無理ね。長い休日は。私も学生のとき行くべきだったわ。」とみどりは言って、コーヒーを結城に差し出した。彼は礼を言ってコーヒーを飲んだ。いっしょに出されたクッキーも食べた。みどりはそれを自分で焼いたと言った。
「実はピカソも買ったの。そちらの部屋にあるわ。」とみどりは言って、寝室の方に眼をやった。」結城はどきりとした。彼女の寝室には入るまいと思っていたのだ。あのドアから先は立ち入り禁止区域だと自分で言い聞かしていた。ところがみどりはむしろ誘いをかけているのだ。
「見てみない。こちらに来て。」とみどりは何気ない様子で立ち上がり、寝室のドアを押した。結城が動こうとしないので、彼女は彼の手を取って、引っ張った。結城は胸の高鳴りを覚えた。同時に夕子を思い出した。彼女と心の中で別れることだと思った。そしてみどりとの出発へと向かうことだと思った。その瞬時に夕子からの声は結城には聞こえなかった。
 みどりの部屋は8畳ほどの広さで、ベッド、机、洋服箪笥などが置かれていて、よく整理されていた。みどりは結城を籐椅子に座らせて、彼女はベッドの端に腰を下した。壁にはピカソのピエロの子どもの絵が掛かっていた。それが部屋に安らぎをもたらしていた。
「うん、いい感じ。部屋に合うね。」と結城はみどりの美的センスに感心して言った。
「でしょう。駅前のショップで見たとき直ぐに気に入ったわ。しかもそんなに高くなかったの。あなたもきっと気に入ると思ったわ。」
「ピカソにしては、解りやすい絵だね。こんなのがあるとは思わなかった。パリでも見なかったな。見落としたかもしれないけれど。」
「私も知らなかったの。でも良かったわ。明も気に入ってくれて。二人の感性は同じなのね。」と言ってみどりは彼の顔を見た。彼も彼女の顔を見た。みどりの眼は潤んでいた。真面目な表情だった。化粧をしていなかった。彼は女性をこんなに近くで見たことはなかった。さっきから彼は身体を硬直させていた。この場の雰囲気からすればもうお互いに疑うものはなかった。一歩を進めるだけであった。後退なども考えられなかった。みどりは更に顔を接近させ、結城の一歩を待っていた。彼は自然にみどりの唇に自分のそれを持っていった。甘美な感触があった。みどりのふくよかな唇は接吻に向いていた。彼女の胸の動悸が感じられた。彼は彼女のワンピースの裾から殆ど剥ぎ出した彼女の大腿部を愛撫した。彼女の唇からかすかな吐息が漏れた。彼はそのまま彼女を軽く押し、ベッドの上に彼女を横たえ、上から接吻をし続けた。また同時に彼女の大腿部の愛撫をやめなかった。彼女は次第に身もだえ、吐息を漏らした。そのとき、彼は誰かが入り口のドアをノックする音を聞いた。一瞬彼は、気をとられた。だが、みどりが彼を押さえて、離さなかった。


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